キジしろ文庫

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ロバート・A・ハインライン「異星の客」

あらまし

 宇宙船ヴィクトリア号で帰った“火星からきた男”は、第一次火星探検の際に火星で生まれ、ただひとり生き残った地球人だった。世界連邦の法律によると火星は彼のものである。この宇宙の孤児をめぐって政治の波が押し寄せた。だが、”火星からきた男”には地球人とは異なる思考があり、地球人にはない力があったのだ。巨匠ハインラインがその思想と情熱のかぎりを注ぎ込んだ超大作。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

  本書からは、人やモノへの考え方・感じ方・知識は、創造主(神)と被造物(人や自然)との関係をはじめ、「世界」は「世界の外にある神」によって創造されたといった、対立構造を前提とする二元論と、そのような対立を否定し、全ては創造者の現れである、または、全ては創造者を内に含んでいるといった一元論の違いによって、世界は大きく異なってしまうことに気付かされます。

 とてもメッセージ性が強い内容だと思いますので、知らないまま読み進めることで後戻りできなくなることのないよう、また、対象と一体となって初めて知ることができる「内面的理解」、「体験的知識」といったものには、良いことばかりではなく、注意も必要だということに、あらためて感心しました。

P161 人間の生活を支配する男と女の両極性は、火星には存在しえないのだ。(中略)人間の両極性は、あらゆる人間行動のための力をたかめ、エネルギーをかりたてる。

P378 グロクはそっくりと同じ意味です。人間の”あんたもつらいだろうがわたしはもっとつらいんだ”というきまり文句には、火星的なふくらみがあります。火星人は本能的に、われわれが近代的物理学によって苦労して習った、観察者は観察する行為を通じて、観察対象と相互作用をもつということを知っています。グロクというのは、観察者が対象の一部になってしまう、とけこんでまじり、合一し、集団体験のなかに、自我を失うくらい完全に理解することです。これはわれわれが宗教といい哲学といい科学という、ほとんどすべてを意味していて、しかもその意味はわれわれにとって、盲に色がもつようなわずかな意味しかないのです。

 さて、以下は要点をしぼって、まとめてみました。参考まで。

(1)不滅の霊魂となっている火星人は、時間を自由に操り、テレパシーや念動力を使い、体温や呼吸・神経機能などの体もコントロールしてしまい(仮死状態も可能)、一体となった他者の眼などの感覚器や気持ちも読み取ることができ、卵からかえり・死は分裂する・人の体は食料に過ぎないというように即物的にとらえる、リアルの世界からは隔絶した精神的存在です。

(2)また、そのような精神的存在となりうる前提として、先に述べた一元論の認識にたっていることが必要です。このために、ヴァレンタイン・マイケル・スミス(火星からやってきた男)は、正邪善悪、美醜優劣、愛憎悲喜、老若男女、貧富病健、敵と仲間、所有の有無などの二元論に起因する人類のさまざまな、対立する不幸な問題を認識することができません。

(3)しかしながら、ヴァレンタイン・マイケル・スミス(火星からやってきた男)は、時間をかけ、言葉を覚え、人と係り、モノゴトを体感するなかで、その認識を自覚したところで、不幸な人類を教え救い、導くべくして立ち上がり、フリーセックス、雑婚、原始共同体といったカルト教団を創設します。そして、「全てはひとつ」であるとともに、それは、淘汰や競争などといった逃げることのできない厳しい責任を伴うことを、暴徒による殉教によって身をもって、実践・示します。

P703 神の意志にしたがうということは、選択することも、それによって罪を犯すこともできないロボットになることではありません。したがうということは、わたしのような、われわれみんなのような、宇宙をかたちづくるやり方に完全に責任をもちうる―もっていることです。天国の楽園をつくるのも、あるいはそれを引き裂いて破壊するのも、われわれのせいなんです。(中略)万能の神という言葉を借りるとすれば、ひとつだけ神にも不可能があるんです。神は神自身から逃げることはできない。神はその全責任を放棄することはできない。神は永遠に神自身の意志にしたがわなければならないんです。

(4)その他、こまごま。

①第1部

 世界連邦事務総長は、宇宙飛行士の父母の特許や投資などの相続資産だけでなく、ラーキン判決に基づく火星の所有権(一国の元首)を持つヴァレンタイン・マイケル・スミス(火星からやってきた男)を、病院に軟禁したうえで、その請求権放棄を認めさせようとしますが失敗します。しかし、死ねば資産は、国や連邦のものになるので、替え玉を使って偽装死などを画策しようとします。これに対して、偶然、水兄弟となったジルが、スミスの身柄を解放すべく女装をさせ、ともに逃亡します。迫る追跡の手を、スミスの異能の力がかき消してしてしまいます。

②第2部

 ジルが逃げ込んだ、弁護士・医師・理学博士・人気作家のジュバルが、権力に対して、ひとはだ脱いでくれることになります。ここでも、スミスが強引な警察の捜査に対して、悪を感じとり、次々と消し去ります。再捜査に備えるなか、ジュバルは事務総長と連絡を取り、捜査を中止をさせるとともに、会談がセットされることになります。

 会談でジュバルは、スミスの資産管財人を事務総長に依頼するとともに、住民のいる火星の大使としての栄誉礼をもって、スミスを迎えたことにより、ラーキン判決の無効を断言します。 

③第3部

 かねてより、宗教に関心のあったスミスらは、蛇踊りにスロット・マシーン、バーなどもあるフォスタライト教会を訪れます。しかし、財産目当てのディグビー大司教に悪を認識したスミスは、またしても消してしまいます。その後、和合生成(火星にはない肉体的な愛の行為による、陶酔をわかちあうなかでの魂の融合・たがいにつながる心の至福のなかに浸ることの宝を味わうこと)したジルとスミスはジュバル家を出て、カーニバルの奇術師やショー・ガールなどでテレパシーを使いながら、水兄弟を増やし、さらに悪を認識しえたことにより、牧師となることを決意します。

P421 宗教というものは多くのひとに慰めになり、どこかのどれかの宗教が窮極の真理であるとも考えられる。しかし、宗教的であることは、しばしばうぬぼれのひとつの型式なのだ。わしの育ってきた宗教は、わしがほかの人間よりましだと認識させてくれる。わしは救われ、彼らは呪われ、われわれは恩寵のなかにあり、あとの連中は異教徒だというのだ。彼らが異教徒というのは、われわれの水兄弟マームドのような連中のことだよ。めったに風呂にはいらず、月齢をたよりにきびを植えるような無知な野郎どもが、宇宙の窮極の解答を知っていると称するのだ。それによって、ほかの人間を見くだせるというのだ。われわれの讃美歌には、傲慢がこもっている。全能者ととともにあってどんなにいごこちががいいかを祝い、神が自分たちをどんなに高くかっているかを祝い、ほかのすべてが最後の審判の日にどんなひどい目にあうかを歌っているんだ。

P556 ジル、われわれ人間にとって、死は笑ってやらずにいられないほど悲しいことなんだよ。あのいろんな宗教というやつも全部―たがいにいたるところで矛盾しあっているが、それぞれが人間が死に向かっていることを知りながらも笑えるように、勇気づけるのに役にたつやり方でいっぱいなんだ。

④第4部

 すべての世界の教会の創立主宰者となったスミスは、火星語を教え、その教養文化を伝えようとする一方で、大酒宴、恥を知らぬ男女の交接、部落社会的生活、無政府主義的掟などの生活を送ります。いよいよ、公然わいせつなどの罪でスミスは逮捕、教会は火災・爆発に見舞われ、そして、スミスは分裂します。

(2021.03)

では、また!