キジしろ文庫

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ロバート・チャールズ・ウィルスン「時間封鎖」(下)

あらまし

 界面を作った存在を、人類は仮定体(仮定上での知性体)と名づけたが、正体は知れない。だが確かなのは―1億倍の速度で時間の流れる宇宙で太陽は巨星化し、数十年で地球は太陽面に飲み込まれてしまうこと。人類は策を講じた。界面を突破してロケットで人間を火星へ送り、1億倍の速度でテラフォーミングして、地球を救うための文明を育てるのだ。迫りくる最後の日を回避できるか。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 以下は、備忘のための簡単なとりまとめです、参考まで。

(1)レプリケーター

・火星人ワンの提案する、自己複製装置(レプリケーター)とは、極寒・真空の宇宙空間での氷や炭素質をもとに、増殖・進化・機能分化・高度化し・拡散する、新たな独立した人工知性の微小集合体です。ただし、今回の使用にあたっては、他のスピンの位置・状況探査及び通信といったような制限をかけています。

・人類が高度な文明を築きながらも、今、スピンによって絶滅に直面している。なぜか。ジェイスンは、その答えを導きだすなど、この世界を左右してしまうレプリケーターの打ち上げに体を張って推し進めようとします。

・また、火星人ワンは、次期大統領ローマクスの政治利用にされてしまいますが。それでも、知識の探求として、レプリケーター打ち上げを望みます。それは、仮定体への攻撃ととられることや、またその報復のないことを、願いながらです。

・このように、レプリケーターは、仮定体やスピンの本質・目的の追究に期待でき、コストもあまりかかりません。このため、宇宙航空産業への利権を持ちつづけたいと考えるE・D・ロートンは、レプリケーターを実現しようとするジェイスンを財団から外そうとします。そこで、計画完遂に問題のあるジェイスンの健康問題を、モリーを使って探し出し、ゆさぶりをかけますが失敗に終わります。

・受付のモリーは、スピンに伴う儚さや淋しさをかかえており、その迷いを救ってもらうべく、タイラーに縋りつきます。近しい関係となったタイラーは、しかし、聖人のように淡々とし本心を語ることがないなど、モリーはすれちがいを感じます。タイラーに振り向いてもらえることができず、業を煮やしたモリーは、タイラーが秘匿していたジェイスンの病気をスパイし、E・D・ロートンにその情報を売ってしまいます。

(2)ジェイスンへ火星長命薬投与

・タイラーは、日ごとに病状が悪化するジェイスンに、財団から持ち出した火星長命薬を投与します。火星長命薬は、DNAレベルから人体を再構築するため、遺伝子異常も含めて治癒できることが期待できるからです。なお、心理面の変化としては、第四期になった人に期待される変化は、共同体や仲間たちが「その人に求めていた」変化でもある、という火星人ワンの答えがありました。

(3)火星人ワンの死

・P129 ・・・「やけっぱちの幸福」と呼んでいるのだろう。どうせ滅亡するんだから、なにをやったってかまわない。・・・世界の終わりが近づくなか、本物の火星人がやってきたー次はなんだ?あり得ないことや不可能なことなんてあるのか?礼儀作法とか忍耐、道徳、他人に迷惑をかけないといった世間の常識に、まだこだわる必要があるのか?・・・ぼくらの全員が頭上に吊るされた剣を密かに意識しつつ、心の奥底でずっと無力感を抱えてきた。その無力感がすべて歓びに影を落とし、精一杯の勇気をふりしぼった行動さえ、小心で臆病なものになってしまった。とはいえ、そんな心の麻痺状態もやがては緩む。不安の向こう側に、自暴自棄が見えてくる。不活発な状態が裏返ると、行動を起こしたくなる。

 このような背景から、ハイウェイ強盗団が、誤認もありながら、火星人ワンのアリゾナ視察帰りの車列を襲い、ワンは亡くなってします。この火星人ワンの不慮の死、ジェイスンの長命薬投与完了を機会に、タイラーは財団を後にします。

(4)紅い雌牛

旧約聖書に、純粋無垢な赤い雌牛がイスラエルの地に生まれ落ちるとき、救世主イエス・キリストが再臨して、キリストによる地上の統治が開始される、とあり、とくに急進派は、神殿の山の山上で赤い雌牛を生贄として捧げれば、救世主の到来を告げられると盲信していました。人間も罹患するウシ感染症に牛が感染すると、赤い皮毛の牛を誕生させるため、信奉する教会が品種改良を繰り返していました。そのひとつがジョーダン教会で、当局からの活動停止と捜索を受けていました。

 ダイアンたちは、反キリストとみなされる火星人ワンと親しいタイラーとの接触によって、当局からの注意をひかないよう、引越しをして、タイラーとは連絡をとっていませんでした。しかし、タイラーは、ジョーダン教会を訪ね、そして急進派の農場にてダイアンと再会します。そこで、タイラーは、ダイアンへの思いを抱き続けている自分を恥じてしまいます。一方、ダイアンは、世界が終わるとき、本当に忠実な信者だけが天に昇っていけるなんて、信じていない。その時は、ひとりでいたくない。サイモンではなく。と、タイラーに告げます。

(5)レプリケーターからの通信

・ジェイスンの投薬副反応回復後、レプリケーターは無事打ち上げられます。そのレプリケーターからの電波受信後、世界の終わりを予期する、空が明滅するフリッカーが頻発します。レプリケーターからは、スピンに覆われた3個の惑星や、膨張した恒星に呑み込まれながらもスピンによって存在する惑星があることがわかります。と同時に、先客のレプリケーターによって、打ち上げたレプリケーターが捕食されていることもわかってきました。

(6)ダイアン救出

・P177 ぼくははっと気づいた。ハッキムに指摘されたぼくの失われた信仰とは、土壇場の救済に対する信仰だったのだ。信仰の対象となった土壇場の救済には、いろいろなかたちがあった。最期の瞬間を迎える寸前になって、人類は驚異的な技術を開発し、危機を脱すると信じている人びとがいた。別の一団は、仮定体の本質は慈悲にあふれていて、地球を平和な王国にしてくれると信じていた。神が人類を救ってくれる、少なくとも、真の信仰者だけを救ってくれると信じている人たちについては、今さら言うまでもない。

 土壇場の救済。いかにも耳障りのいい大嘘。紙でできた救命ボートみたいなものなのに、そのボートにしがみつくためなら人は殺し合いまでする。ぼくらの世代を歪めたのは、スピンではなかった。土壇場の救済がもつ甘い誘惑、そして、救済にたどり着くための代償が、ぼくらを狂わせていた。 

・一旦、農場を引き上げタイラーは、サイモンからダイアンを診て欲しいとの電話があったことから、フリッカーが止まり、終末となる真っ赤な太陽が昇り、世界では暴動や自殺などで大混乱する中、再度、駆けつけます。農場では、この世の終わりに際し、赤い雌牛を産ませ、生贄とし、その雌牛を焼いた灰で人間を清める(不滅の存在になる)という狂信行為の真っ最中でした。このウシ感染症の牛の出産を行っていたことで、ダイアンは感染し、瀕死の状態に陥っていました。サイモンの協力によって、無事ダイアンを農場から助け出した後、ダイアンを生死の境に招いた罪悪感と、タイラーの無償の愛情を感じて、サイモンはダイアンと別れる道を選びます。

・P251「確実に死ぬのはみんな同じだろ。天界と地界が、終わろうとしているんだから」「天界と地界のことなんか、ぼくにはわからない。わかっているのは、救える手段がある限り、絶対に彼女を死なせないことだけだ」「君が羨ましいよ」小さな声でサイモンが言った。「ほう?ぼくのなにを、君は羨ましいと思うんだ?」「その信仰を」

・P262「・・・ぼくはダン司祭のようになりたかった。賢くて、常に冷静沈着で。そんな才能を、ダイアンは悪魔の贈り物だと決めつけた。ダン・コンドンは、謙虚さを売って確信を手に入れたんだってね。ぼくに欠けていたのも、きっとそれだよ。それを彼女は、君のなかに発見したんだと思う。だから彼女は、ずっと君にすがってきたんだ。君の謙虚さに」

・P337「・・・宇宙がどれほど広大で、自分の命がどれほど儚いか悟ったとき、人間の心は叫び声をあげる。・・・彼は真実を賛美する才能に恵まれていた。だけど、わたしたち普通の人間は、恐怖の叫びしかあげられない。滅亡に対する恐怖。無意味な生に対する恐怖。神に向かって叫ぶことがあれば、単に沈黙を破るため叫ぶことだってあるでしょうよ」・・・「サイモンの心が発した叫びは、世界でいちばん純粋な人間の声だったと思う。でも、彼には本質を見極める力が欠けていた。純真すぎるからよ。だから彼は、いろんな宗派を渡り歩いた。ニュー・キングダム、ジョーダン教会堂、コンドンの農場・・・人間の生きる意味を、わかりやすく説いてくれるものであれば、なんでもよかったのね」

(7)仮定体の本質

・ダイアンとタイラーはロートン家に到着後、ダイアンに火星長命薬を投与することで、一命をとりとめます。他方、ジェイスンも戻ってきていましたが、重篤のなかで語り始めるとともに、亡くなってしまいます。

 ジェイスンは、仮定体の本質に迫るために、人間の神経を使った、レプリケーターとの特殊な通信を可能にする薬を注射していたからでした。しかし、これにより、

①先客のレプリケーターが、地球レプリケーターを捕らえ再利用を進めていたこと。

②この先客レプリケーターやスピン膜がネットワークと成ったものが、仮定体であったこと。

③仮定体は、ジェイスンを思い通りに動かせないことから、ジェイスンを不要と判断し、物理作用をも与えていること。

④仮定体は、レプリケーター・ネットワークまでたどり着いたものの、資源を枯渇させるなど(※)によって、文明の老化と滅亡に至る生命体を、同種とみなしたことから、惑星をスピン膜で包み、新たな環境を創り出し、成長させ、仮定体となって同化させていく、ということを考えていたようです。

※地球は、資源の枯渇、人口過剰と飢餓、地球環境問題そして産業崩壊など持続可能性の限界という惑星的破滅に直面している段階ということ。

(8)アーチウェイ

・真っ赤な太陽を見せるスピン膜は、太陽から地球の保護をするものの、既に時間封鎖は解かれ、アーチウェイを地球に持ち込んでいました。このどこでもドアのような、アーチウェイの出現によって、新世界が開かれるとともに、スピンにまつわる地球の破滅は回避されました。

・他方、火星人ワンの解剖による神経システムの不自然な改変を発見したことで、ローマクス大統領たちは、財団の捜索と資料押収をしはじめたことから、タイラーとダイアンは身を隠します。ここで、サイモンとダイアンは、漸くふたりの思いを成就させることができました。しかし、火星の生物工学の軍事利用を独占しようとする大統領当局から、捜査の手が伸びてきたことから、アーチウェイへと向かいます。

 (2022.01)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!