キジしろ文庫

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ロバート・チャールズ・ウィルスン「時間封鎖」(上)

あらまし

 ある夜、空から星々が消え、月も消えた。翌朝、太陽は昇ったが、それは贋物だった…。周回軌道上にいた宇宙船が帰還し、乗組員は証言した。地球が一瞬にして暗黒の界面に包まれたあと、彼らは1週間すごしたのだ、と。だがその宇宙船が再突入したのは異変発生の直後だった―地球の時間だけが1億分の1の速度になっていたのだ!ヒューゴー賞受賞、ゼロ年代最高の本格SF。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、自己や世界の存在一切を否定する(空の理論)のではなく、自己や世界を肯定のうえ、その是正をしていくという前向きな気持ちになれます。

 しかしながら、その背景は、信心なくして幸福なし、です。神や仏の境地に近づこうとするといった価値観やライフスタイルをとらなければ、日常世俗の富や地位・権力、悪意や肉体的などへの、ひとりよがりにすぎない夢や希望、将来への願い・期待は、それに溺れ、満たされず、挫折・絶望の繰返しをすることになることがうかがわれます。

 ダイアンたちが求める、不安や悲嘆・憂鬱、空しさ・恐怖の裏返しでもある希望や安らぎ、思い遣り、暖かみは、実世界での到達というよりも、こころに持つユートピア・楽園ということなのでしょう。そうであるならば、天職をまっとうするなど厚い信仰によって、アーチウェイを具現化させたのだということなのでしょう。

(補足1)

 悟りの真言宗禅宗。救いの浄土宗・浄土真宗キリスト教キリスト教は、働くことの意味付けや、他者へ働きかける意識の醸成といった社会構築に通じます。客観理性的で冷徹非情な科学も、神の御業に近づこうとするあらわれでもあります)。

(補足2)

 人間とは煩悩にまみれて生きるもの。

 たとえ空しくても、飽くことのない物欲や金欲は止められない。

 たとえ非難されても、人を自分の思うようにしようとする我儘や、権力や名誉への固執を捨てられない。

 たとえその苦しみを知っていても、怒りと憎しみ・怨み、さらには他人と自分との比較で起きる劣等感や優越感も止められない。

一切皆苦生老病死など人生は思い通りにはならない)

諸行無常(変わらない・このままであって欲しいなどの気持ちが、執着に発展し苦しむこととなる。すべてはうつり変わるものと理解すること)

諸法無我(すべては繋がりのなかで変化している。主体的な自己として存在するのではなく、互いの関係の中で生かされている存在であることと気づくこと)

涅槃寂静(自分の心が生み出す欲望に縛られないよう、消し去り・解放し、清らかで安らかな心をもって生きること)

 

 さて、だいぶ、話がすっとんでしまいましたが、以下は簡単なとりまとめです、参考まで。

・ロートン家の家政婦を母にもつタイラーが、ロートン家のひとつ年上の双子の姉ダイアナと弟ジェイスンと仲良く遊んでいたところ、夜空から星が突然消えたことで、みな不安に駆られます。

・父親の急死によって経済的に恵まれなかったタイラー家は、母はロートン家の家政婦として、タイラーはロートン家双子の弟の引き立て役の二級市民として、敷地内で暮らし、そのカースト制を甘受しなければなりませんでした。幼少からの遊び仲間3人ですが、やがてタイラーは、双子の姉ダイアンに特別の想いを持つようになります。

・しかし、姉のダイアンは、世界の終わりを畏れ、信仰によって救済を得ようと、一生を傾けることを選びます。やがて、NKに入信し、その信仰の厚いサイモンと婚約します。NK衰退後、ジョーダン教会堂管理人となったサイモンは、教会の現世からの離脱指向にも、全身全霊を神に捧げ、救われることを確信します。

・NK(ニューキングダム)とは、乱交などの地上の楽園を築こうとするキリスト教快楽主義者による原始共産制千年王国。堕罪前のエデンの園のようなもの。再臨やハルマゲドンもない。スピンは、神による人間の歴史への介入という聖書を超える奇蹟であり、仮定体は再臨の先導者であるという。やがて、性病や薬物中毒などの頻発によって衰退します。

・他方、弟のジェイスンは、父のE・D・ロートンの英才教育を受け、博士号取得後、大統領とも接触のある父の財団で、スピンの科学的究明や対処などの実務を行い、人類を滅亡から救おうとします。

・主人公のタイラーは内向内省型でいつも冷静です。E・D・ロートンに学費を負担してもらい医師となりますが、ジェイスンからの誘いを受け、財団診療所に勤務します。ジェイスンは難病を抱えていたことから、自ら課せられたことに殉じるため、内密に治療を進めるためにタイラーに依頼をしたものです。

・さて、スピン(疾走)とは、仮定上の知性体が地球を覆った膜のことです。これにより、通信が途絶し軍事・航空宇宙業・地球上の経済社会が混乱します。また、地球の時間経過が1億分の1になったことで、逆に地球上の40~50年後には、それに相当する太陽の膨張と大爆発に地球は曝され、焼き尽くされることとなります。一方、しだいに増える多量の放射線や熱から保護されてもいます。

・そこで、ジェイスンたちが考え出したものは、地球外での1億倍の時間速度を逆手にとった、火星のテラフォーミングと生態系創成、そして人類移民による文明前進、これに伴うスピン解決策と地球の救済です。やがて、800名を乗せた宇宙船が発射され、火星に人類が定着されますが、火星もスピン膜に覆われてしまったことがわかりました。この失敗によって、人類の未来は消滅し、地球社会は暴力事件などの秩序の乱れや不安感と混沌が増してきます。

・しかし、その2年後、数万年の代を重ねた、資源が少なく生物学に立脚した火星からワンがやってきます。火星でのスピン膜の予兆発生によって、地球との情報交換(火星からの提案である自己複製装置)のために、やってきたのです。そして、ジェイスンたちは、装置製造にさっそく取り掛かります。

・(折り返し編)タイラーは、スマトラ島で、火星から持ち込まれた長命薬(システム・アップデート)を注射し、皮膚の剥落などや高熱・激痛と錯乱、意識と記憶を失いかねない譫妄状態に陥ります。火星薬や機密資料、ジェイスンの語ったスピンと仮定体の本質知見をもっていることで、急襲をうけながらも島の協力者とともに、港まで逃げ延びます。

 (2022.01)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!