レイ・ブラッドベリ「火星年代記」
あらまし
火星への最初の探検隊は一人も帰還しなかった。火星人が探検隊を、彼らなりのやりかたでもてなしたからだ。つづく二度の探検隊も同じ運命をたどる。それでも人類は怒涛のように火星へと押し寄せた。やがて火星には地球人の町がつぎつぎに建設され、いっぽう火星人は…幻想の魔術師が、火星を舞台にオムニバス短篇で抒情豊かに謳いあげたSF史上に燦然と輝く永遠の記念碑。著者の序文と2短篇を新たに加えた〔新版〕登場!(文庫本裏表紙より)
よみおえて、おもうこと
雑感・私見レビュー:★星1
《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》
本書は、正論あるいは理想なのだ、と思いました。それゆえ、投げられたボールを返すこともできず、ただ立ち往生せざるを得ません。だからと言って、何か動く必要もないのでしょう。気に留めておけばよいのだと思いました。長く読み継がれるわけです。以下は、本書の勝手な解釈です、ご参考まで。
とても豊かで奥深く、繊細可憐かつ優美で変容もしやすい、科学と宗教・芸術・自然が融合した哲学的な精神世界によってかたどられる火星に、地球人が土足で踏み込み、侵略・征服といった物質文明の延長のまま、改変をし都市や社会をつくりはじめます。このような相容れない異種の文明が接触することで、火星人は町を捨て姿形をなくすなど変貌しながら、地球人への抵抗を示しつつ存在していきます。
他方、地球人は、火星人が与えてくれた自らを変えるチャンスに、一部の人間が出会いながらも、振り返り・認知・受容し活かすことができず、移住した火星を捨て地球へ戻り、自らの地球を核を用いた戦争によって滅びてしまいます。以下、作中の一部を独断と偏見で略記しました。
(1)科学
わたしたち人間は、ダーウィンやフロイトらを歓迎し、矛盾する宗教を打ち倒したことで、信仰を失い、人生とは何だろうと疑問を抱くようになった。すなわち、芸術が単なる挫折した欲望の装飾にすぎず、宗教が自己欺瞞にすぎない、このような人生に価値はあるのだろうか?(P140)
(2)戦争
火星人は、戦争と絶望のさなかに、”いったいなぜ生きるのか”と考え、その答えが得られないことに気付いた。むしろ、生き残るためには、すべてを破壊しすべてを台なしにすることをきっぱりやめることで、何ら疑問を抱くこともなく、よりよい生を生きることができることとなった。(P142)
(3)肉体
火星人は、肉体から解放されたことにより、豊かな精神風土を得ている。それは、「老病死、見栄やプライド、豊かさと貧しさ、情熱と冷たさもない」いい換えれば、「所有物がないので、盗んだり、殺したり、欲情したり、憎んだりしないし、このような肉体につきものの罪もない」から。(P214)
(2020.09)