キジしろ文庫

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サマセット・モーム「モーム短篇選」(上)

あらまし

 長篇小説『人間の絆』『月と六ペンス』の作家サマセット・モーム(一八七四‐一九六五)は、絶妙な語り口と鋭い人間描写で読者を魅了する優れた短篇小説も数多く残している。希代のストーリーテラーモームの魅力を存分に楽しめる作品を厳選して収録。(文庫本表紙裏より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 以下は、備忘のための簡単なとりまとめです、参考まで。

(1)エドワード・バーナードの転落

 イザベルとの婚約後、急遽タヒチへ単身赴任となった友人のエドワードが、2年たっても帰国の気配がありませんでした。帰りを待つ知己のイザベルのために、帰国の説得をしようと、主人公のぺイトマンタヒチに向かったことで、エドワードの様子がわかりました。

 エドワードは、タヒチで、美しい自然、気候に合った服装、美味しい食事、肌の色や言葉・風習の違いがあっても、いつも微笑を見せる人のいい現地人のなかでゆったりと過ごしました。そこで、人生で価値のあるものは、真善美だと気づき、そして、自らの魂の存在を発見しました。なので、タヒチで現地女性と結婚して、ココナツ栽培や漁をして、幸福で素朴で平和な一生を過ごそうと考えていました。

 さて、イザベルは、タヒチからシカゴに戻ったぺイトマンから、この話を聞いて婚約を解消してしまいます(じつは婚約は、エドワードが仕事で成功するための励みとするためのものでした。しかし、それをエドワード自らが放棄したと考えたからです)。しかしここで、以前から、イザベルへの好意を抱き、この間、イザベルの力になってあげていたぺイトマンが求婚をして、ふたりは結ばれることとなりました。

 こうして、ふたりは、過ぎ去っていく今や自己の内面に目を向けることなく、文明社会の担い手として、シカゴであくせくと懸命に働き財産を築き、趣味や社交に興じることを夢に描きます。

P66「(前略)人は、全世界を手に入れても魂を失ったら、何にもならないじゃないか。僕は自分の魂を手に入れたと思う」

(2)手紙

 淑やかで上品、自然な育ちの良さや我慢強さもあり、自己抑制がきいたレズリーは、自宅で、旧知の女好きの男性から性的乱暴をうけました。これに対して、レズリーはその男性を殺害してしまいますが、裁判では正当防衛が認められて無実となります。

 しかし、じつは、レズリーは以前からその男性と愛人関係を続けていました(レズリーの夫は、手紙によって知ることとなります)。ところが、その男性と中国人女性との同棲がわかったことから、普段は見ることのできないレズリーの内面に隠された激しい嫉妬や激情が、残忍な殺害に向かわせたことが、主人公の弁護士にはわかりました。

 それは、証拠となるレズリーが書いた、犯行の動機を覗わせる手紙があったことから、わかったことでした。なお、その手紙は、主人公の弁護士によって、裁判の前に(不正に)買収されており、それはお金を出した夫の手に渡りました。

(3)環境の力

 高校卒業以降ボルネオの駐在勤務を続け、ボルネオが故郷となっていたガイは、イギリスでの休暇中に出会って1カ月で求婚したドリスと、既に4カ月をその奥地事務所で幸せに暮らしていました。

 しかし、ガイは、当初の単身の駐在官となっていた時に、その淋しさから、多くの駐在官がしてきたように、現地妻とその子供3人をもうけていました。その現地妻には、お金を渡して村に返して、ケリをつけたはずでした。しかし、休暇を終え結婚して戻ってきたふたりに対して、ゆすりや嫌がらせが始まってしまい、ドリスに発覚してしまいました。

 ガイは、現地妻やその子供に特別の感情を抱いてはいないと、ドリスに説明しました。事情を理解し、ガイの愛情を知るドリスですが、自分の理不尽な感情である生理的な嫌悪感(黒い肌の女性やその赤ん坊と結びついたガイを汚らわしいと感じる、触られるとぞっとする、といった人種的偏見)を克服できず、ひとり帰国しました(孤独な一生になる)。

 他方、ひとりとなったガイは、自分の深く苦しい思いに耐え切れず、現地妻とその子どもたちと暮らし始めました。

(4)九月姫

 シャムの王様の9番目の姫である九月姫は、舞い込んだ綺麗な歌を歌う小鳥を自分だけのものにしたいと思い、籠に閉じ込めてしまいます(姉たちがしている、オウムのペットのように)。

 しかし、自由に空を飛び回れないと歌えず、歌えないと死んでしまうと、小鳥は訴えると、九月姫は小鳥を愛しているので、籠から出してあげました。小鳥が青空へ飛び立つと、九月姫は泣き出してしまいました。

 やがて、小鳥は九月姫のところに戻り、自由に行き来をしては、綺麗な土地を飛び回っているうちに覚えた美しい歌を歌ってあげました。こうして窓を開けておいたことが健康によく、九月姫はたいへんな美人となってカンボジャの王様と結婚できました。

P206 自分の愛する人の幸福を自分の幸福より優先させるのは、誰にとっても大変難しい(後略)

(5)ジェーン

 野暮ったい田舎の未亡人の華やかなロンドンの社交界での成功話です。その成功(若い好青年との結婚、社交界の花形、好青年と別れて年相応の海軍提督と再再婚する)の秘密は冗談を飛ばす才能なのですが、それは「私が本当のことを言うからだと分かったわ。真実というのはとても珍しいので、それが皆さんには面白いと思ったのね」というものでした。内容に乏しく、言葉だけ綺麗な会話を得意とする社交界への風刺ともなってます。

P232「(前略)どちらか一方が、自由になりたくなったら、もう一方はそれを絶対に邪魔しないという約束もしているわ」

(6)十二人目の妻

 主人公は、インフルエンザの養生のためにやってきた保養地で、結婚詐欺師が12人目の妻を娶る現場に居合わせることとなりました。そのふたりとは、

・まず、みすぼらしい小男の結婚詐欺師(既に11人と結婚したものの懲役5年の実刑を過去に受けていました)によれば、結婚願望をもつ中年未婚女性の心は、真面目さや親切心によって、容易につかんでしまえるものだということ。そしてそれは、暮らして行くだけの金はあるが、何の機会もなく、誰も知らず、そんな薄暗い惨めな生活に、愛を与え、変化と興奮をもたらし、自尊心を取り戻させる、歓迎されるべき一筋の陽光なのだということ、でした。

・他方、まったく流行らなくなっていた冷たい美人の典型である女性(54歳)は、古風な道徳観をもつ叔父叔母が大事に育ててきた姪でした。この姪は、かつて婚約が破談され、傷つきながらも一生に一度の愛を守りその貞節を貫いている、と叔父叔母は信じていました。

 なので、このふたりは駆落ちをしてしまいました。叔父叔母にとってはたいへんなショックでしたが、その一方で、正式な結婚といった体裁(古風な道徳観)などをとても気にしました。

 (2022.07)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!