キジしろ文庫

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村田沙耶香「殺人出産」

あらまし

 今から百年前、殺人は悪だった。10人産んだら、1人殺せる。命を奪う者が命を造る「殺人出産システム」で人口を保つ日本。会社員の育子には十代で「産み人」となった姉がいた。蝉の声が響く夏、姉の10人目の出産が迫る。未来に命を繋ぐのは彼女の殺意。昨日の常識は、ある日、突然変化する。表題作他三篇。(文庫本裏表紙より)

よみおえて、おもうこと 

 雑感・私見レビュー:星1

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、4編から構成されています。まず、第1編の殺人出産では、主人公の育子は、殺人衝動を抑えられない無差別殺人者の姉に誘われて、自ら初めて行なった殺人によって、恍惚にひたり、抜け出すことのできない快楽を堪能したことで、殺人出産システムを肯定します。第2編のトリプルでは、カップルではなく、男女3人による風変わりな新たな(グロい)性のかたちに、はまっていく若者たちがいます。第3編の清潔な結婚では、逆に無性生活(性と家庭は別物)を求める夫婦のお話です。第4編は略。

 このように、本書は、快楽の拡大や新たな欲求の発見は、人を選ばず進行し、一方、妊娠出産や死といった苦痛や恐怖は、自然任せから人工的に行なうなどすることで、より幸福な合理的な社会になるという極端なお話だったと思いました。

 とくに、その際には、無自覚なだけに過ぎない、正しいと思い込んでいる、その時代の世間の常識や価値観、モラルが、人間の生の邪魔をしているようにとらえられます。

 もっとも、常に欲望がかきたてられ、溢れだしてもおし留めることのできない快楽や悦び(殺意・嫌悪感・怖れ)の拡がりは、生物的や生理的な反応や刺激によるところが大きいと思われます。他方、そこからは、ドラッグやクスリ、安楽死のように、あたかも自然に任せているようで、命をも左右する生殺与奪の権利に通じる快楽と苦痛とのバランスコントロールといった合理性を人がもち、それが表面上の常識や価値観、モラルとして、機能しているに過ぎません。

 なので、社会は、快楽などの変数と係数、設定モデルしだいでアウトプットは変化すると考えてしまえば、今回のこの極端な設定も、まあひとつの帰結なのだと思います。ただし、その客観性などの評価項目(ハッピーポイント?)や方法が定まらずいろいろになってしまうところが、論点となるのでしょう。

 たとえば、殺人の合理性(殉死)については、ひとり一人のはかることのできない重みのある自由や個性などの人格が、無機質化され、なおざりにされているのは、とても良いとは思えませんです(トレードオフにはなりますが、ここの係数は感度を上げるべきだったのでは?)。

 また、全体的には、性行為や死といった生理的なものに喜々と反応し、気味の悪い自己満足の快楽に浸っているだけという印象もあり、臆面のない自己へのとらわれと傲慢さを感じます(特定の条件下での解法となってないか?)。

 さらに、机上での対人関係中心の内向きの深掘りであるため、互いを斬りつけ合ったり、おかしなことをしでかし始めたりしかできていません。なので、外部環境(境界条件)が変われば、それに合わせてここでのお話も変わってしまうのだなあと思ってしまいます(モデルの脆弱性、不確実さへの対応)。

 とは言っても、リアリティーのない人間性などは、これは単純化した要素によるもので、粗々とした思考実験だと思うと、多々うなずけるし、とても興味深いし、ぜひいろいろ行なってもらいたいなあと思いました。ただ、率直な感想を言えば、とてもムゴくてエログロでエゲツナイでした。(2020.05)

では、また!