キジしろ文庫

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高野和明「ジェノサイド」(下)

あらまし

 研人に託された研究には、想像を絶する遠大な狙いが秘められていた。一方、戦地からの脱出に転じたイエーガーを待ち受けていたのは、人間という生き物が作り出した、この世の地獄だった。人類の命運を賭けた二人の戦いは、度重なる絶対絶命の危機を乗り越えて、いよいよクライマックスへ―日本推理作家協会賞山田風太郎賞、そして各種ランキングの首位に輝いた、現代エンタテインメント小説の最高峰。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 9年前にコンゴに派遣された女医の坂井友理は、内戦のため人道的に日本へ連れ帰った、出産間際のピグミーが産んだ姉(超人類)を育てます。その姉は、徐々にその才覚を顕し、ピアースの情報を得て、コンゴの弟救出の計画をたてリアルタイムに指揮やサイバー攻撃をします。なお、坂井友理はパソコンをもつ古賀研人への、ハッキング攪乱対策のための衛星画像位置情報をイエーガーに与えることや、イエーガーやその妻との通信、逮捕に向かう警察の動きを教え身の安全を守るなどの協力をします。

 完成した創薬リスボンへ届けられ、古賀研人やイエーガーらのテロリスト手配は、イエーガーらの逃亡旅客機の墜落(パラシュート脱出)をもって解除され、日本で全員が無事顔合わせします。

 超人類は、筋書き通り、その存続と繁殖繁栄のための一歩を踏み出したわけです。

 なお、アメリカ政府は、イエーガーや脅威である超人類の抹殺に向けて執拗に虐げ(ることで、恐怖と不安、怒りを植え付け、憎まれる存在と刷り込みにかかり、高度な知性のまま魂を荒廃させることになってしまう)ます。しかし、以下のような「大人しくしていれば何もしないが、何か手出しをすれば倍返ししてくる」という、超人類の桁外れの知性と戦略の前に、現人類はあえなく屈服せざるを得ませんでした。

コンゴでのプレデター攻撃(イエーガーは超人類を爆撃から救う)→中国からのサイバー攻撃と思しきプレデターによる副大統領爆撃、中国との核戦争危機

・古賀研人の身柄拘束の動き→イエーガーの息子はじめ10万人の肺硬症患者といった人質の存在

・逃亡旅客機へのスクランブル発進や最新ステルス機投入→サイバー攻撃による電力・通信の停止やメタンハイドレートによる爆発誘発 

 

 さて、このように、生物としての競争原理に伴う好戦的資質者や勝ち残り者の輩出と、その残虐・暴力性向などの助長、さらにこれに伴う強固な循環構造など、上巻同様に人間に潜む獣性に伴う厳然とした優勝劣敗、自然淘汰の生物的特性(同種の集団に所属することで自己を認識し、他を警戒する。敵を愛さない。)を、神を信じ異教徒を迫害し救済を求めようとする欺瞞のまま、ストーリーは閉じてしまいます。

 が、獣性への否定の姿勢と伴う苦悩が記されてましたので、以下に書きとめます。なお、見方によっては、単なる負け惜しみ(ルサンチマン、価値の逆転)にもとれますので、傲慢な自我といった安易なうぬぼれには注意したいものです。

 

 母親へのレイプ・兄弟惨殺・即殺される訓練など、残忍非情に鍛錬された少年兵との見るに耐えられない鬼畜・煉獄となった、姉の助けの及ばない凄惨な地上玉砕戦を、以下の犠牲者2名と夥しい数の死傷者を出しながらも、超人類とイエーガーたちは突破します。 

・ギャレット:戦争犯罪人としての政府を密かに画策していた二重スパイであり、政府の裏切りもあったが、この救出のために行動を共にしてきたが、ここで撃死。

・ミック:理性を失い、殺戮の陶酔という狂気に憑かれる。結果としてこの窮地を救うが、イエーガーは少年兵の殺戮を止め(殺さ)なければならず、罪を背負います。

 ここで、超人類は、そこまでして争い生き抜こうとする下等動物人間の獣性を、醒めた目で嘲笑い、ゲーム感覚で愉しみ、悪鬼のごとく心を荒廃させていきます。

 しかし、病気の息子を助けたいイエーガーは、このような超人類に、粗末にできないそれぞれの人間の命の大切さと、それゆえに救いの手を差し伸べ、施すこと(利他的なな善行)、さらに、助け合い支え合うことで自分たちが存在することを、あたかも父子のごとく、慈愛に満ちて説きます(古賀研人もイエーガーと同様、巻き込まれながらも病気の子供を助ける)。

 (2020.10)

では、また!