キジしろ文庫

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アイザック・アシモフ「はだかの太陽」

あらまし

 地球の人類は鋼鉄都市と呼ばれるドームのなかで、人口過密に悩まされながら生きていた。一方、宇宙へ進出し、繁栄を謳歌している人類の子孫、スペーサーたちは各植民惑星に宇宙国家を築き、地球を支配下においている。数カ月前にロボット刑事ダニールとともにスペーサー殺人事件を解決したニューヨーク市警の刑事ベイリは、宇宙国家のひとつ、ソラリアで起きた殺人事件の捜査を命じられたが…『鋼鉄都市』続篇の新訳版。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

  本書からは、リアルの世界に生体を置いているのだから、理想や宿命・運命などの観念化の傾向と、さらに硬直化・盲従化させてしまう先入観や独断などは、正義や安楽に見えても、自由が束縛されることで、暴走や自滅によって自然淘汰されてしまうということなのでしょう。むしろ、現実の人や外界の環境にも広く、制約なく目を向け、人間同士の相互作用をはじめ、引きこされる疼きや痙攣・反射・衝動を感じ、未知の事物を体験するなどし、育て上げていくことが大切なのでしょう(失敗からノーベル賞が生まれた田中さんの例もありますし)、と思いました。

 さて、以下は本書の簡単なまとめです、参考まで。

(1)コロナ禍の地球世界の延長線のひとつである、惑星ソラリアの「孤立した個人の世界」

 生存環境によって病原菌に弱く、母星の過密を嫌って移住した元別荘地のソラリア(地球からの開拓民)は、積極的なロボット化や電子化によって、別々に離れて暮らし、じかに人と会わないライフスタイルと対等な関係を確立し、それがモラルであり、誇りにもなっています。このため、

・結婚・子作りは、過酷で不快で下劣なものです。したがって、病気などについての優生学的な遺伝子分析によって、また離れて暮らせる人口抑制のためにも、結婚相手や出産は割り当てによってなされます。子供は、養育所で、胎児1カ月からロボットによって育てられ、映像対面を身につけ、群居本能などの社会的動物の進化過程をさっさと通過させています。このように、当初から、親子や家族などの人間関係の切り離しが行われています。

・日常生活や仕事も同様で、じかに人と会わないよう、ロボットによって行われ、必要な場合、リモート映像(事件捜査も)を使います。稀に会っても、手袋、鼻フィルター、換気、ソーシャルディスタンスは不可欠です。

・したがって、恐怖・嫌悪・苦痛でしかない、じかに人と会う・触れることが避けられない医者、胎児技師や養育士は、不潔な汚れ仕事です。地球人など、じかに会うことやその密着感を望む人間は、汚濁嗜好の倒錯者や変質者とみなされます。

・しかしながら、共感、愛情や母性など人を結びつける欲求は、依然もっているため、社会的なタブー視によって、それ自体を汚らわしく、忌まわしいものと自分を戒めるようになっています。このため、遺伝子解析によって、根本原因である欲求を取り除く研究も進められています。なお、過酷な結婚回避のための体外発生も考えられています。

(2)人とじかに会わないハズ、なのに起きてしまった殺人事件

 このような古き良き慣習を信じる伝統主義者である、デルマー博士は、変化を求める新勢力による、全人類の危機に直面する陰謀の手がかり追跡していたことから、頭部強打により殺害されます。また、その捜査を依頼した安全保障局長への毒殺未遂、さらに、ベイリ刑事への毒矢殺害未遂と、事件は発展します。 

(3)殺人及び陰謀の動機、事件経過

 犯人は、デルマー博士の共同研究者でロボット工学者のリービッグです。ソラリアの人間関係の切り離しのモラルが、リービッグに愛情や性欲などの欲求不満から生じる、憎しみや嫉妬を引き起こし、他方、対人恐怖となってしまったことで、ソラリアのモラルに手を触れさせないよう、他の宇宙国家全滅の陰謀に転じ、ロボット工学を悪用したことが、殺人や陰謀の動機になります。

①ロボット原則第1条

 ロボット工学者のリービッグは、養育所の胎児技師のデルマー博士と、躾のために子供を叱れる(ロボット原則第1条に反する)ロボットなどの研究を行っていますが、その裏では、陽電子頭脳搭載の宇宙船(殺人可能AI)の計画・実験をしています。しかし、デルマー博士はこれに気付いてしまいます。

 ②三角関係

 また、デルマー博士の夫人グレディアは、日頃素っ気ない夫への淋しさから、リービッグとの火遊びに興じます。リービッグは、グレディアに惹かれ、性欲を抑えられず、しかし振り向いてはくれないグレディアを憎むこととなり、またデルマー博士への嫉妬をも抱きます。

③ロボット工学と夫婦不仲の悪用

 そこで、リービッグは、四肢分離可能・人への危害を無視できる試作ロボットを、デルマー博士宅に実験的に置き、激高しやすい性格のグレディアに、夫婦喧嘩の最中にロボットの腕をわたさせることで、伝統主義者でもあるデルマー博士の殺害に至らせるものでした。

 また、ベイリ刑事たちへの毒殺・毒矢未遂については、全体では殺人に至るロボット別の無害の細切れ指示により、引き起こされます。

(4)現実界から得られる、事件解決のカギ

 ベイリ刑事が事件関係者と、現実界でじかに会う・強引に会おうする、このようなソラリアでは特異な作用力が、心情やホンネを吐き出させ、咄嗟の作為を生じさせ、さらにそれらの現実界での反応を、丁寧に組み上げたことによるものでした。

 (5)地球

 地球は、軍事力や科学技術に優り、市場からの締め出しなど、地球を憎み蔑視するスペーサーから、劣等感を植え付けられ、逃避と抑圧と服従の中で破滅的反抗を繰り返しながら耐え忍ぶものの、将来的には不可避の危機的状況にあります。なので、事件捜査には、社会学的情報収集の目的がありました。

 事件解決後、地球に戻り報告を行ったベイリ刑事は、ソラリア人のように、地球は鋼鉄都市にひきこもりを続けるのではなく、宇宙へ向かうことを進言します。

(2021.04)

では、また!