キジしろ文庫

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レイ・ブラッドベリ「華氏451度」

あらまし

 華氏451度──この温度で書物の紙は引火し、そして燃える。451と刻印されたヘルメットをかぶり、昇火器の炎で隠匿されていた書物を焼き尽くす男たち。モンターグも自らの仕事に誇りを持つ、そうした昇火士(ファイアマン)のひとりだった。だがある晩、風変わりな少女とであってから、彼の人生は劇的に変わってゆく……本が忌むべき禁制品となった未来を舞台に、SF界きっての抒情詩人が現代文明を鋭く風刺した不朽の名作、新訳で登場!(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 富・権力・腕力というリアルの現実界を前にし、自らの心身や財産の保全(搾取や略奪、束縛・隷属)を守るために、規制・規律や書面での契約、取締・捜査や裁定などの知恵を絞るほかはありません。

 しかし、そこで、活字がなければ、また情報の透明性がなければ、さらにその背景に、主義・信仰以前の自由や平等などの人権無視の強制や弾圧(画一化)、それに伴う洗脳や拘束があるならば、それは、度を越した自己への執着にほかなりません。

 また、理性は麻痺し快楽に耽り抜け出せない中毒症状に陥いる大衆も同様なのでしょう。

 今後、AIやロボット、アンドロイド、さらには知性体といった電子の世界の登場によって、人間対人間の構図は変わってくるのではないか、そんななか、唯一の武器を放棄して、前時代的な生物的な欲求に抗うこともできないようなら、将来は暗いものとなるのではないか、などとモヤモヤ考えました。以下、振り返りです。

 

 本書では、都合が悪くなるといった面倒な考えをおこすこと自体を退け、詩によって傷つくといった負の感情を避け、インテリを蔑み、そのうえで快い刺激を受けるといった、TVやラジオなどの媒体が大衆の心をつかみ、受け身となって無能化する大衆と、その裏で着々と進む戦争の準備が、背景としてあります。

 そのようななか、主人公は、「あなた幸福?」「大変。あなた誰とも恋をしてないわ」と問う17歳の少女によって、空っぽでしかない自分に気づきを覚え、焚書する昇火士に疑問を抱きます。

 そこで、主人公は、強硬な昇火士宅の昇火といった組織の壊滅を目論んでいましたが、公園で出会った老人フェーバーから、戦災によって媒体が破壊されることを待つのが良いと、主人公は説き伏せられます。しかし、隠し持っていた本を妻に通報されたために、自らの自宅だけではなく、「安受け売りで、知識かぶれにすぎない」と主人公を罵倒した隊長をも昇火し、逃亡することとなります。

 事件はライブ配信され、警察は、身代わりの犠牲者をだすことで収束させてしまいます。他方、主人公は、本や知識を記憶することで保存し語り伝えるという、教授や作家たちと合流します。そして、彼らは開戦とともに爆撃地となってしまった大衆のいた市街へ向かいます。

 

P290 訳者あとがき 引用

 ブラッドベリの芸術至上主義的資質は、マッカーシズムの持っていた盲目的、狂信的な反知性主義を許すことがきなかった。(中略)

 市民たちが、自ら思想統制と同じ画一的な考え方に馴染んでいく姿は、人間の持っている非知性的なものへの根強い衝動を、彼にイメージさせた。彼は、そうした衝動から、守りぬくべきものは何かと考えた。それは彼にとって、あまりにも自明な問だった。精神の自由と、個人の尊厳とーそしてその証拠としての活字文化だったのである。・・・こうした個人の尊厳や精神の自由に危機をもたらすものは何か。ブラッドベリはそれを人間の持つ盲目の力のひとつである、科学・技術の中に見たのである。

 (2020.11)

では、また!