キジしろ文庫

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マーサ・ウェルズ「マーダーボット・ダイアリー」(下)

あらまし

 脱走ボットとなった“弊機”は、過去の大量殺人事件の真相を求めて旅をする。関わる人間たちに苛立ちながらも、しだいに芽生えてくるさまざまな感情に戸惑う弊機。そんな中、先史異星文明の遺物をひそかに発掘・独占しようとしている悪徳企業の策動が浮かび上がった。弊機はメンサー博士のため、惑星ミルーのテラフォーム施設に潜入を試みるが、そこにはまたしても未知の危険が!(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

  2/2です。本書をひと言で言えば、「弊機は、自己チューだったものが、次第に、まわりが見えてきます」ということでしょう。

・弊機は、警備契約でもなく、人間としてでもなく、ペットロボットでもなく、リアルの世界での多様性を受け入れる仲間や友人という関係性(居場所)を、受け止めることができ、身を落ち着かせることができたのだと、思いました。

・また、弊機は、PDCAサイクルを回し続けるなど、主従関係に基づく、目標指向型の論理的思考(束縛)の洗脳から目覚め、戸惑い・抗いながら、トライアンドエラーなど、いろいろ試してみるといった確率論的思考への入り口(自由)に来ているのだとも思いました。

・そして、これらは、悩みながらも、少しずつ自己判断とその行動を積み重ね、自信を得ていったうえでのことですが、そのためには、弊機の踏み出す「勇気」といったものが、根底にあったからなのだと思います。以下、章ごとに、簡単にまとめます。

1.「暴走プロトコル

 弊機は、メンサ―博士の求める、グレイクレス社の決定的な不正証拠を、ミルー星で捜します。ここでは、弊機の対人恐怖症と、調査隊一行の人間型ボットのミキへの嫉妬が格別です。しかし、弊機らは、ロボットであるミキの自らの判断による犠牲によって、危機を脱します。以下、作中抜粋。

(弊機):「ひさしぶりに博士の顔を見て、自分でも意外なほどうれしくなりました」「罪悪感が少しあります。多少・・・いえ、かなり」「困窮した人間たちの対人関係カウンセラー役」「人間のふりを続けるのはうんざりしています。もうやりたくない」「最初にこれをペットロボットと呼んだときは大げさな表現のつもりでした。しかし実際に話してみると不快感は予想以上でした」「ミキは虐待されたり嘘をつかれた経験がないのかもしれません。親切に、大切に扱われてきたのでしょう。本気で人間を友人だち思っているのは、自分が友人として処遇されてきたからのようです。(中略)一人になって感情を吐き出す必要がありました」「ふいにアビーン博士がミキの両腕をつかんで満面の笑顔でカメラをのぞきこみました。(中略)反射的、本能的に顔を引き、格納スペースの壁に後頭部を打ちつけました。(中略)これほど気持ち悪いのだと初めてしりました」「また感情が高ぶっています。怒りの感情です。(中略)なぜこのように感情的に反応してしまうのでしょうか。人間型ボットに嫉妬して?弊機はペットロボットにはなりたくありません。だからこそメンサー博士とその仲間たちのもとを去ったのです。ミキのなにがうらやましいのでしょうか。自分がなにを求めているのかわからない」

(ミキ):「アビーン博士にはすべてを話すんだ。彼女は友だちだから」「ぼくはきみの友人になって、アビーン博士とチームを助けるよ」「お願いだよ、アビーン博士。リンは友だちなんだ」「ミキ、かわいそうに!やれやれ、またアビーンとミキの愛情べたべたです」「友だちを守るのが優先だよ!(中略)アビーンはミキの優先順位を自己防衛に切り替えさせようとしましたが、ミキは拒否しました。(中略)アビーンが心からミキを愛していたことです。だからこそ痛々しい。ミキは弊機にとっては友人ではありませんが、アビーンにとっては友人でした。なによりミキにとってアビーンは友人でした。だからこそ、いざというときにアビーンは本能的にミキに自己防衛を命じたのです」

2.「出口戦略の無謀」

 弊機のもつミルー星での不正証拠を奪おうとして、グレイクレス社は、メンサ―博士を拘束・人質・身代金要求します。そこで、弊機はメンサ―を脱出させますが、逆に最後でメンサーによって助けられます。以下、作中抜粋。

(弊機):「人間に近くなりました。好ましくないことです」「この服が”気に入った”のです。(中略)今回は自分で選んだからでしょうか。かもしれません」「正式な人間のIDを身につけるのは初めてです。奇妙な気分です。不愉快です」「はっきりいえば、怖いのです。緊張します。緊張して怖い。彼らは人間にとっての友人のようなものでしょうか」「ARTは、プリザーベーション補助隊が弊機の乗組員であり、仲間だと言いました。(中略)しかしメンサーのために証拠を入手しようとして行ったミルー星で、ミキが・・・死んだときのアビーン博士を見て、また思いはじめたのです。もしかしたらそうかもしれない、と」「なにより驚いたことに、弊機は彼女をまっすぐ見つめています」「そして人間の気分にひたりました。(中略)ドラマを観れば寂しくないからです。人間と交流しなくても・・・ということ?(中略)彼女が友人であることが怖かったのです」

(2020.09)

では、また!