キジしろ文庫

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フィリップ・K・ディック「ユービック」

あらまし

 1992年、予知能力者狩りを行なうべく、ジョー・チップら反予知能力者が月面に結集した。だが敵側の爆弾で、メンバーは大きなダメージを受ける。これを契機に、恐るべき時間退行現象が地球にもたらされた。あらゆるものが退化してく世界で、それを矯正する特効薬は唯一ユービックのみ。その存在をチップに教えたのは、死の瞬間を引き延ばされている半死者エラだった・・・鬼才ディックがサスペンスフルに描いた傑作長編。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、生命というかたちをひとつずつ失い、薄れていくさまなど、生誕のプロセスを溯り、その原初となることで浄化され、次の天上界や地獄界へと輪廻転生(煩悩を断ち切れず、解脱なく、無限の輪廻を果てしなくさまよう)していく仏教?のワンシーンなのだった、と思いました。また、自らは現実界を特定することはできないといった、認識の限界をついている、とも思いました。以下、簡単におさらいです。

・まず、主人公たち11人(瀕死の状態)やジョリー、エラは、たとえれば、死後の中陰(冥土。現世と来世の中間で、生前の五戒の罪を自覚反省し、極楽往生などに向かうところ)という舞台にいます。

・現実世界では、読心能力者や予知能力者、その能力を中和するための不活性者が、熾烈で危険な争いを繰り広げています。それと同様に、冥土界でも、疑似世界をつくりだし、他人の生気を食べ自己を冥土界で永らえさせる、陰湿で嗜虐心の能力者(ジョリー)が幅を利かせていました。

・他方、主人公の雇い主の妻のエラは、このようななか、生命力を大きくする「ユービック」をつくり出し、他の人も含めて、その身の安全を守っていました。そこへ、あらたにやってきた主人公のジョー・チップの仲間たちは、次々とジョリーの餌食となってしまいます。

・ジョー・チップにもその危険が及びますが、エラは、既に力尽き命も果てかけてきたために、ジョー・チップに、夫へのお礼とあわせて、ユービックとともにその役割を引き継ぎ、ジョ―・チップは難を逃れることができます。

・冥土界では、ジョー・チップに対する、サディスティックで嫉妬深い時間逆行能力者の力もあったとは思いますが、あらゆるものが時間退行に覆われていきます(生命の衰えは本来的に存在)。しかしながら、ジョー・チップのもっていた何らかの能力を発揮することで、現時点に時間を進めることができ、ユービック(冥土界での現時点でのモノ、退行すると存在していない)を手に入れることができたともいえます。

・いずれにしても、冥土界の秩序や安全といった治安を維持すべく、今後の活躍に期待したいですし、その善行によって、天上界へ往かれるよう、願いたいものです。(2020.10)

では、また!