キジしろ文庫

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フィリップ・K・ディック「トータル・リコール」

あらまし

 夜ごと火星に行く夢を見ていたクウェールは、念願の火星旅行を実現しようと、リコール社を訪れるが……。現実と非現実の境界を描いた映画化原作「トータル・リコール」、犯罪予知が可能になった未来を描いたサスペンス「マイノリティ・リポート」(スピルバーグ映画化原作)をはじめ、1953年発表の本邦初訳作「ミスター・スペースシップ」に、「非(ナル)O」「フード・メーカー」の短篇集初収録作ほか、全10篇を収録した傑作選。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 ミャンマーの軍事クーデターが激しさを増してきています。武力による一般市民への犠牲など、その結果は受認できないものです。たとえば、原因(裕福な都市と地方の貧困といった格差とその不満、さらに、その背景となった民主化など)などの深層に目を向け、解決策を見出すことも必要かと思います。

 本書を通じて、そのような、現実認識、常識や習慣を盲信し、また絶対尺度を持つことがなければ、未知の力の存在や知見の遭遇の前にして、たとえ真理や正義などを追究しても、右往左往翻弄し、場当たり的・一過性の満足しか得られないのでしょう。本書全体にわたる自由意思と決定論の選択自体に、空しさというよりむしろ無常観やさとることなどが必要と感じました。

(1)トータル・リコール

 当局が、主人公へ、事実であるインタープランの秘密捜査官としての暗殺の記憶の抹消はしたものの、秘密捜査官という本人の願望の消去はできませんでした。このため、深層意識に眠る願望を明らかにし、記憶の代償をさせようとします。しかし、このクスリ処置の最中に、願望ではなく記憶(=事実=9歳の主人公の人情にふれた宇宙人が、主人公が生きている限り地球侵攻はしないという約束をかわし、それを口外しないこととなった)であることが判明します。

(2)出口はどこかへの入口

 弱者救済などの夢を描きながらも、服従を美徳として生活してきた主人公が、軽食販売ロボットの懸賞で、大学入学を引き当てます。そこで、公益に有用な安価なエンジンという大学の機密情報を入手します。これがバレて、刑罰放棄という大学側との取引に応じることで、忠誠心を示そうとします。実はこれは、「心理的に権威と解釈するものに服従」するのではなく、道徳的・心理的な面から「権威に逆らっても独立独歩で生きること」を求められたテストであったため、放校処分され元に戻ってしまいます。

(3)地球防衛軍

 主人公たち人間は、8年間の地下生活を送り、ロボットによる地上代理戦争という虚報を受け続けます。その背景には、人間集団内部の変化と改革といった対立と抗争に伴う憎悪を、外の集団に向けて起こす戦争は、内部の憎悪がなくなるところで和平や、世界や人類・文化の統一がなされるという、ロボットに導かれたものでした。 

(4)訪問者

 人間が、戦争によって地球を放射能に汚染させてしまい、そこで適応した生物のなかで、生き残った主人公たちは、食料やポンプが尽き果てる前に、仲間を求めあてます。しかし、地球上の人間は、防護服とヘルメットなしでは生存できない異星に立ち寄った訪問者でしかないことを認め、地球から退去していきます。

(5)世界をわが手に

 ありあまる余暇と居住可能な惑星は地球しかないという失望感のなか、原始からの生命の進化と生物のデザインといった世界育成を行う世界球が、コンテストなどで興じられます。しかし、そこでは、フルスケールの惑星探査などの行き場を無くし、地球に閉じ込められてしまった欲望を、代用品に向けて、発散・攻撃的になった破壊衝動をおこしています。

 主人公は、このような微小文明や生命への人道的・倫理的見地から、世界球の違法を提案しますが否決されます。しかし、そこへ、銀河系文明とのコンタクト成功の報告が舞い込みますが、主人公らは大地震(神の御業による破壊)に見舞われます。

(6)ミスター・スペースシップ

 主人公は、従来の自動操縦システムでは、自爆を判断する生体機雷突破には不十分と考え、恩師の教授の脳を移植することで、複雑で状況に適応した反応をする航宙巡洋艦を建造します。しかし、試験船は教授によって配線変更され、制御権を奪われ、消息は不明になります。そこへ、騙されて乗船してしまった主人公と別居中の妻が、教授の夢を実現するための、復縁も兼ねての第一世代になります(見直し)。

 教授の夢:兵器開発など戦争は、文化的制度や生活の一部となっており、習慣となっている。なので、地球からの文化的影響を最小限に抑えゼロから独自に築いた社会といった、地球文明特有のものの考え方から解放された新たな出発をすれば、戦争拡大に伴う破壊と廃墟という袋小路から違う地点に到達できる(新たなコロニーでやり直しをすること)。

(7)非O

  共感などの感情や道徳的・文化的偏向を排除した、超論理のパラノイア(非O)が、

 モノや生命の区別は、人工的見せかけにすぎず、ひとつの統一的全体と唱える非O思考に基づき、

 コバルト爆弾による地球地表部だけではなく、本体の地球・金星・太陽・銀河系を爆発させ、真の現実の復活を成し遂げようと計画、実行されていきます。

    しかし、主人公である非Oは、生き残っていたヒトという非合理な動物により、たおされます(統一的全体に還元)。

(8)フード・メーカー

    反政府分子逮捕のための精神感応者が、超人類として政府を支配するために、有力者をハメたり、走査遮蔽頭環禁止法を通そうとしています。精神官能者によって、頭環製造者逮捕やその押収がされるなか、精神走査によるウィルス感染?によって、逆に壊滅してしまいます(人類の進化形ではなく、精神官能者は水爆事故による奇形にすぎないことを、過信していた)。

(9)吊るされたよそ者

    この世の殻に生じた罅を抜けて異界から侵入してくる有翅昆虫が、人間に擬態し、心も操り、町が乗っ取られます。吊るされた死体への告発は、逃げ延びた人間をあぶり出す罠でした。

(10)マイノリティ・リポート

 背景として、復員軍人が企む警察解体等による復権と、予知能力者による未然犯罪者逮捕システムが使用されている世界です。

    何も知らなければ、軍の陰謀に反応し、結果として元将軍を殺害する第一予知。

 次に、第一予知を知った主人公の警察長官は、軍の誘導(ポスト争いによるデッチ上げの不当手配)もあって、殺人は犯さないという行動変容をします。

 さらに、このような行動変容をおこした第二予知を知りますが、犯罪予防システムの欠陥(冤罪を生む)糾弾といった軍の陰謀に気付き始め、また、警察としての使命感を取り戻したことから、軍の思惑阻止のために、再度、行動変容し殺人を実行します。

 これが、結果としての途中で知ってしまった第三予知になります。なお、多数決報告などの予知能力者における予知の不確実性はなく、少数報告含めて、全てが時系列として一貫性や整合性が保たれていました(決定論)。(2021.04)

では、また!