キジしろ文庫

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パオロ・バチガルピ「第六ポンプ」

あらまし

 化学物質の摂取過剰のために、出生率の低下と痴呆化が進行したニューヨーク。下水ポンプ施設の職員の視点から、あり得べき近未来社会を鮮やかに描いたローカス賞受賞の表題作、石油資源が枯渇して穀物と筋肉がエネルギー源となっている、『ねじまき少女』と同設定のアメリカを描きだすスタージョン賞受賞作「カロリーマン」ほか、全10篇を収録。数多の賞に輝いた『ねじまき少女』でSF界の寵児となった著者の第一短篇集。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書では、進化の摂理に打ち勝ったハズの人間が、その際に失い、忘れてしまった感情などを潜望し、衝き動かされてしまいます。さらに、抗えない自然や環境変化、人間の退化に、気付かず、流されざるを得ず、その背景となる業(カルマ)といったものを考えさせられました。

 以下は、簡単なとりまとめです、参考まで。

(1)ポケットのなかの法

・米中EUチベット間の政治紛争に利用しようと、ダライ・ラマの手術の際に、その人格をソフト化し、データとして人質としました。

チベット人からのその運び屋となった浮浪児ワン・ジュンは、襲撃を生き延び、渡すべき中国人女性とアメリカ人のもとに身を寄せます。

・しかし、ダライ・ラマの身体は殺され、新しい体への転生はチベット人に冒瀆となるため、中国への影響を及ぼせないことから、ふたりには作戦中止及びデータが不要(消去)となります。

・そこで、ワン・ジュンはデータを奪い脱出し、生物都市成都ダライ・ラマの転生の束の間を、とともにすることとなります。

(2)フルーテッド・ガールズ

封建制のなか、お城の支配者でスターのベラリが、領民から献上された美人双子姉妹を、手術と投薬によって身体を楽器に改造し、スターとして市場に売り出します。それは、自分の身体改造の費用負担とその見返り要求から独立しようとしたものです。

・同じく使用人で姉妹の姉が好きだったスティーブンは、封建制度を嫌いベラリへ実力行使に出ますが、演奏会の肉料理として振る舞われてしまいます。

・双子の姉は、これを怒り、いったんは服毒自殺を図ろうとしますが、ベラリのイチゴにその毒を盛り食べてもらいます。

(3)砂と灰の人々

・採掘現場の警備にあたる、砂を食べ、鉛と水銀の血が流れ、手足は切っても一晩で生えかわり、皮膚や背骨を装飾する、お腹にいるゾウムシ技術によって動物界を超越した人間が、動物園や研究室にしかいない、生きている犬を捕獲します。

 餌をやり、掃除をし、病気にもつきあい、ライブラリで調べた「お手」もするまで世話し、気持ちを通じ合えるようになります。

・しかし、休暇中の海で有刺鉄線に絡んで弱ってしまった犬を、かつて食用だったことから食べてしまい、なにか(他者とのつながりや一体感、望み)をなくした気分になります。

(4)パショ

・プライド高く、培った伝統や慣習・文化を頑なに固執すれば、優れた知識や技術はかえって妨げとなり反発するし、また、それを受けるに値する知能がなければ、たとえ与えても危険なものにもなりかねない、ということかしら。

(5)カロリーマン

・疫病と石油資源などが枯渇し、食糧・エネルギー事情が一変した世界は、穀物(カロリー)企業によって、遺伝子改変された穀物を輸出することで、しかし不稔化することで利益を独占するというようにして、保たれています。

・そこで、その独占を破ることができる有能な技術者は、不利益となる企業工作による捜査の対象となっています。

・主人公は、友人の依頼から、そのような技術者を助け出そうとして、見つけ出しますが、無事連れ帰ろうとしたところで、警察によって殺されてしまいます。

・しかし、食料として持ってきた豆や種が、稔性をもっていたことから、豊かな世界を築く一筋の道が開かれます。

(6)タマリスク・ハンター

・大渇水期に瀕したアメリカでは、コロラド下流カリフォルニア州が水利権を抑え、トンネル水路建設と都市閉鎖を進めています。その上流に住む主人公ロロは、付近の街の消滅や難民がでるなか、タマリスクの伐採とこっそり植え付けもしながらの報奨配水で生計をたてていました。

・トンネル水路を見て来た友人の転職話を聞くなか、水路が充分延長されたことから、報奨配水制度は廃止されます。無力なロロは移住に従わざるを得ませんでした。

(7)ポップ隊

人口爆発回避のために、出産育児と引換えに行う若返りの施術が行われる社会です。

・主人公はその取締りを行い、子供を現場で処置しているのですが、しかしながら、ある若返り術離脱者の現場で子供の遊びにつきあい、その愛らしさに刺激されたことで、黙認をします。

P324 ・・・繁殖活動など時代錯誤だ。過ぎ去った二十一世紀の儀式的拷問だ。なのにこの女たちは先祖帰りして出産する。DNAの継承という爬虫類時代の本能にしたがっている。毎年新たな子どもがあちこちで生まれる。個体を更新し、進化を続けようとする種の本能。人間は進化の競争に勝ったのだとまだ気づいていないらしい。

(8)イエローカードマン

・栄枯盛衰、かつての経営者とクビにした社員といった立場が逆転したふたりが再開する中、運や宿命を感じつつ、機に乗じて主人公チャンがマーを殺害し、その欠員の生じた勤め口の面接に、主人公チャンはいち早く並びます。

(9)やわらかく

・主人公は、発作的な妻への殺人を、悪びれることなく人生を一旦ご破算にして、やり直そうとします。

(10)第六ポンプ

・コンクリートの雨が降り、不妊と痴呆化といった人間の退化が進行し、インフラの老朽化も進み、大学工学部は閉鎖され、食品も一つずつ姿を消していっています。

・主人公は、下水ポンプ故障時対応の同僚上司の無能ぶりから、修理復旧をがんばるのですが、自分自身も世界の消耗・劣化・腐敗・衰退化の中にいることを自覚できません。

(2021.08)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!