キジしろ文庫

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フィリップ・K・ディック「宇宙の眼」

あらまし

 観測台から見下ろしていた見学者たちを、突然の災厄が襲った。陽子ビーム加速器が暴走し、60億ヴォルトの陽子ビームが無秩序に放射され、一瞬で観測台を焼き尽くしたのだ! たまたまその場にいた8人は、台が消滅したためにチェンバーの床へと投げ出された。やがて見学者のひとり、ジャック・ハミルトンは、病院で意識を取り戻す。だがその世界は、彼の知る現実世界とは、ほんの少し違っていた……鬼才の幻の名品登場!(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書からは、多様な価値観や指向性・欲望から具現化された、人文・社会的な秩序や論理などの主観世界を、盲目的に客観世界と鵜呑みにし、コントロールされていることへの気づき、そして、そこから発する新天地創造の自由や多様性(起業)について、あらためて自分の身を振り返る良い機会を得ることができました。

 さて、以下は簡単なとりまとめです、参考まで。

 政府へミサイルを供給する民間企業研究部門責任者のハミルトンは、保安責任者からの、妻のコミュニスト嫌疑により退職に追い込まれてしまい、「あらまし」にあるような事故に遭遇します。そこで、病院で目覚めてみると、同じく事故に遭った人の考えや心にある別次元世界へ移動していました。現実世界へ戻ろうとして、その次元を創り出している張本人の意識を失わせますが、現実界の意識の回復に従って、次々と移り替わっていく多次元世界になっています。

 4つの世界を経たなかで、コミュニストの世界が保安責任者のものであることが判明したことから、主人公は、戻ってきた現実世界では会社を去り、他者の束縛にとらわれることのない新たな会社を立ち上げます。

(1)稚拙で低劣、土俗的な新興宗教まがいの無知で狂った世界

・冒涜対する天罰や呪い(イナゴの大群、猛烈な腹痛、おでき、醜く怪物化した妻)、恩寵・奇蹟(護符による裂傷治癒、無限に出てくる自販機、お金)、贖罪・聖水・祈祷と救済のシステムが働く一方、

・転職先の電子工学開発局での天国と地上とをつなぐ通信システムや、恩寵を受けるためのパイプラインの敷設、救済に向けて進める悪と徳に関するIBMによる森羅万象記録、カンニングさせてくれる天使、天動説宇宙、TVから轟音をあげる説教など支離滅裂の世界。

(2)汚らしい・不潔・不快・醜い・下品・暴力や権力や争い・黒人差別・苦しみといったものを否定する、お上品ぶったヴィクトリア朝時代のカマトト世界(友愛と助け合い、美と善を信じる、甘ったるい世界)

・性的衝動や性行為は芸術的衝動や制作行為によって昇華消滅する代替物、性器のない中性化した妻、婦人欄しかない新聞、そして、イカれた不良少女・歯向かう人間・工場・猫・いかがわしいホテル・飛行機・湿気・魚・お金・牛・森・船・自動車・・・空気までも次々と消去されていきます。

(3)激しい被害妄想と偏執狂的嗜虐心の狂気の世界

・主人公たちを食べようとするエクソシストハウスと、主人公たちが奇獣へと変化します。

(4)残忍で冷酷なコミュニストの世界

 主人公たちは、悪徳と犯罪に満ちたギャングの街で、労働者階級と資本家・ギャング(黒人私刑)との銃撃・爆撃戦に、コミュニストとして巻き込まれてしまいます。

P352 彼女のような人間は、ほかのどのような有象無象よりも党の方針にとって有害なんだよ。個人主義の信奉者。手前勝手な行動基準と倫理観をもった理想主義者というやつさ。権威を受け入れることをあくまで拒否する。それが社会の根幹を腐らせるんだぞ。体制全体をぶち壊してしまうんだ。その上に建設できるものなどなにもない。おまえの細君のような人間は命令にしたがうことなんてしないんだからな。

(2021.07)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!