キジしろ文庫

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スタニスワフ・レム「ソラリスの陽のもとに」

あらまし

 菫色の霞におおわれ、たゆたう惑星ソラリスの海。一見なんの変哲もない海だったが、内部では数学的会話が交わされ、みずからの複雑な軌道を修正する能力さえもつ高等生命だった!人類とはあまりにも異質な知性。しかもこの海は、人類を嘲弄するように、つぎつぎと姿を変えては、新たな謎を提供してくる・・・思考する<海>と人類の奇妙な交渉を描き、宇宙における知性と認識の問題に肉迫する、東欧の巨匠の世界的傑作(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★★★星5 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書からは、ヒトは自然環境条件や生物・物理的原理によって決められた、しかも自分では立ち入ることのできないプログラミングが実行されたアウトプットにすぎず、ソラリスの海同様に、はたから見れば奇怪な科学技術や文化、そしてヒトにとっての意味や目的、理由といった物語(論理や感性)をつくりだして自己満足を繰り返している、ひとつひとつの道具なのかな、と思いました。

 であればこそ、ヒトとヒト(ヒトとソラリスの海)は、相互でわかりあえることのできないという点においてのみ、自由や対等という立場から、相手への共感や尊敬をもつことができるのでしょう(他方、理解に苦しむ知性が、その束縛からの解放手段として選択する、排他的暴力や一方的支配もあります。また、棲み分けが前提条件ですが)。

 以下は簡単なとりまとめです、参考まで。

(1)そもそも、人類は、ソラリスなどの発達した技術・文化、希少資源との有益な交易や和平交渉(征服含む)といった利害や打算などのあさましく・押しつけがましい下心やエゴを背景に、調査研究をしてきており、主人公ケルビンたちもその一環という背景があります。

(2)主人公ケルビンたちへのソラリスの海からのコンタクトは、コピー人間の贈り物でした。それは、数日前にソラリスに行ったX線放射の模倣かもしれませんでした。ただし、ソラリス最初の遭難報告内での心理解剖による再構成という、コピー人間生成の記載から、ケルビンたちは「コピー人間」を確信します。

 夜中に頭の中をまさぐられ、翌朝には登場するこのコピー人間は、過去の恥ずかしいことや罪悪感となっているトラウマ、隠れた倒錯的猟奇的狂気や淫欲といった強い情欲など、日常はヒトの理性がしまい込んでいる潜在意識を引き当てたものです。

(3)ケルビンは、元恋人ハリーの自殺の一因をつくった自分を責めていたことから、そのコピー人間ハリーが出現します。

 これに対して、①驚愕・恐怖・拒絶、②幻覚を見る・狂気に襲われる・憑かれるなどの精神錯乱・混乱、③冷静な観察と分析(食べない・眠らない、生前にはしりえない人の名を口にする、飾りだけのファスナーやボタンのついた服、予期せぬ状況での怪力の発揮や人間らしからぬ声、ケガ箇所の即座の再生や宇宙空間放出後の再出現、血液分析による力の場を使ったニュートリノ系による見せかけのコピー人間と推察)と進みます。

 ケルビンは、開き直りと自責の念に苦しみつつも、元恋人としての愛情ややさしさを示しながら、コピー人間ハリーとしての好意を抱きはじめ、ついには憑かれたようにもなって、宇宙ステーションからの脱出を計画します(しかしながら、以下の自殺により頓挫)。

(4)他方、コピー人間ハリーは、容姿や仕草、声音などはソックリさんですが、過去の記憶は限定的です。その時間の経過やケルビンたちの会話などから得た気づきからの自我の芽生えによって、コピー人間(ソラリスの海の道具)でしかないという自覚と、ケルビンに苦痛を与えるだけの自己の存在に悩み・喘ぎ・葛藤・悲観し、二人の関係は不安定となります。

 そして、ケルビンたちが急きょ開発した消滅装置を使って自らの死を選択します。なお、コピー人間ハリーの苦悩は以下のような多重性によるものです。

ソラリスの海の道具>ケルビンの心の実体化>元彼女ハリー>コピー人間としての新たな人格の芽生え

(5)このようにして、避けては通れないソラリスの海のコンタクトについては、嫌悪や恐怖による退去指示や好戦の意思、感性を通じた友好のサイン、人間の思考・心理の実験など、ステーション内で種々検討されながらも、人類のとるべき目立ったリアクションもとれぬまま、右往左往しながら事態は収束しました。しかしながら、ケルビンソラリスとともに生きようと、その後も居残ることに決めます。

(6)最後に、ソラリスの海の特徴は以下の通りですが、自己責任・選択してきた進化のなかで、利己的で協調性が欠落していますが、誰かに迷惑かけている訳ではありません。

・人間が海中で発した電子信号や沈めた機械装置を模倣して、再度つくりだすなど思考活動する海。

・一個体であるため、自然淘汰や増殖、コミュニケーションなど他者との接触や集合的機能が欠落している。そのためもあってか、移動性能を持たない。

P303 生まれた時代が人間に目的を押しつけてくる。(中略)人間は人間のなかで育てられるからこそ初めて人間になれるのだからね。

 ・コピー人間生成は、食べる・汗をかくなどのヒトの生理的生物的機能などに相当する、刺激に対する生理反応や自然メカニズムにすぎず、意味や目的、理由などの知性の存在と、そのコントロールによるものではない。ただし、それらはヒトが考えうる限りにおいては、という前提条件つきで。(たとえれば、ケルビンたちは惑星砂嵐に巻き込まれただけ!)

・幼児(忘れ物をしたり、誤ったり、深い考えもないといった不完全な神の胎児)のひとりあそび。

(2021.05)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!