キジしろ文庫

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カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」

あらまし

 優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★★★星5 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書については、クローン技術や臓器移植とこれに伴う倫理観、偏見や差別・人間の尊厳、過酷な世界を生きることの意味や目的などの人間存在の本質、そして記憶に自我を重ねた超越性など、思うところは多々生じました。しかしながら、今回は、話を広げて、深掘りをしても、収拾がつかなくなって困ってしまいそうなので、以下に端的に記します。

(1)勤勉の精神

 神が定めた人間の一生や天職なのだから、真面目に一生懸命にやって神の御心に尽くさなければならないし、それによって慰めや喜びも生まれる。ぶしつけにはなりますが、わからない人生を精一杯生きよと、本書はこのような導きをしているもの、と思いました。さらに、推し進めれば、わたしたちへの勤勉の精神を育むもの、と思いました。

(2)ノスタルジア

・寄宿制学校で指導する保護官とともに過ごすキャシーたちは、誰もが経験する友情や恋愛に思い悩み、気持ちをぶつけ合い、積み重ねて、そして心身ともに大人へと成長していきます。

・しかしそこでは、キャシーたちは本当のこと(クローン人間として、臓器提供(死)という使命を果たすために、生命を与えられた存在)は知らされていません。またそれを知っても、決められたことに従う以外には何もありません。

・このような変えることのできない非情な運命を背景に、キャシーたちは、「教わっているようで、教わっていない」ものを必死に考える一方で、無邪気に素直に振舞い、情感も豊かになり、そして大人びてくるようになります。このようなさまに、わたしたちは、せつなさやいたましさをおぼえ、キャシーたちへ感情移入をしています。

・なお、自分だけしかできない経験、かけがえのない自分の人生は、それがどんなに大切に思えても、キャシーたちが使命を果たす上では、ノーフォークではためくゴミ同様に、不要・無意味なものであることが、ここで推察されます。

・やがて、学校を卒業後、提供者をケアする介護人となるコテージ(待機所)にて過ごすようになります。そんななか、キャシーたちは、提供猶予という微かな希望を抱いて勇気を奮って行動を起こします。しかし、その結果は、提供猶予などないことや、自分たちは無慈悲で残酷な世界を生きていることをまざまざと知らされ、失意や絶望しか得られません。

(キャシーたちクローン人間は、豊かな感受性をもち理知的で、なんら人間と変わらないとしても、そのすべては、外の世界の人間によって、その時々によって、都合よくあしらわれていること)。

・また、心の拠り所であった施設の閉鎖や友人・恋人の死や別れなど、喪失感は増すばかりです。さらに、自分にも果たすべき使命(冷酷な犠牲死)も迫り、それはやりとげるしかありません。

・さて、ここに至り、キャシーは、なぜ生きてるのか、なぜ決められた人生があるのかといった存在の本質を求め導きだそうと「考える」こと、そのような非情で無機質な世界には、生きるうえでは立ち入らない、ということを示してくれていると思います。

・むしろ、どんな環境下でもまず生きていくこと、そして、限られた時間で友情や愛情などを感じ、離さず、さらに、それで創られる想い出(やさしさ)に自分を同化させ、その精神世界によってこそ救われる。これが生きるということである、ということをわたしたちに教えていると思います。それでも、キャシーは心折れそうになりますが、寸前で生きていく方へと、踏みとどまるラストシーンには、わたしたちを心暖かくしてくれたと思いました。

(3)備忘のための簡単なピックアップ

※1(年長前の、自我の成長と優越感や劣等感のあらわれ)

 贔屓、からかい・仲間はずれ・意地悪、いじめ、仲良しグループ・ボス、噂話・秘密、知ったかぶりと虚勢、ほのめかし・嘘や作り事など。

※2(三角関係など複雑な対人関係)

 キャシーとルースは、傷つけあいながらも思い遣りをもつことで気持ちを深めますが、さらに裏切りもします。 キャシーは、トミーとは双方で好き合ってますが、トミーとつきあっているルースのために、よりを戻す橋渡しやトミーの気持ちの代弁をします。 ルースは、二人に見放されるのが恐くて、キャシーの後ろめたい気持ちを使って、キャシーとトミーの仲を引き離し・裂きます。結局三人の関係は待機所にて破綻します。

※3(人とのつながり)

 待機所を出て介護人となったキャシーは、その孤独や寂しさから、家族のようにひとつにつなぎとめるヘールシャムに想いをはせます。そこで、提供者や介護人となってバラバラになった3人は再会します。ルースはヘールシャムでの自分のエゴを詫び、二人にやり直しを願い、そして亡くなります。その後、トミーの介護人となって、キャシーたちは過去を取り戻します。さらに、キャシーたちは、提供猶予を願おうとかつての先生宅を訪れますが落胆し、やがてトミーも亡くなります。

 (2022.02)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!