キジしろ文庫

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京極夏彦「鉄鼠の檻」(四)

あらまし

「ああ云う場所はもう―これから先はなくなってしまうのだろうな」。京極堂は最後に独り言ちた。多くの仏弟子を次々に魔境へと拉し去った妄念の寺が紅蓮の炎に包まれたとき、燃え落ちていく憑物の意外な正体が明らかになる。世界ミステリ史上もっとも驚くべき動機と犯人像を呈示した傑作、ここに完結。 (文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 4/4分割です、決着しました、盛り上がりました。

「人は獣の脳を抱え込んでいるという。人の脳は人が使わぬ脳に包まれているという。悟りは脳の外にあるという。想い出は檻のなかにあるという。(作中から抜粋)」

 一切を否定し、さらに神秘体験や幻影すらも受け流す、そんな世俗を離れたような悟りであっても、現実世界に軸足があることを、忘れてはいけないのだと思います。それは、思索に耽り、自己中心的な正義をかざす驕りや執着よりも、何ものでもない自分であるなら、迷える社会や衆生を救うといったように、人や社会に生かされている自分であることを見失ってはいけないのだと感じます。

 さて、以下は、今回の(四)の要約版となります。 

  13年前に松宮仁を好きだった飯窪は、鈴子から仁あての預かった手紙が恋文(父を殺してでも一緒にいたい)とわかると、鈴子を嫉妬し松宮父(鈴子を溺愛)へ密告してしまいます。しかし、そのうしろめたさから戻ると、仁が両親を殺害し?火を放ち、鈴子も含めて逃げるさまを目撃します(鈴は仁と鈴子の子?)。このように、飯窪は、記憶という檻の扉を言葉にして開けました。

 一方、明慧寺では、覚丹貫主の庵前、中島祐賢は頓悟して貫主のもとでの参禅(25年間参禅者なし)後撲殺され、加賀英生のお相手だった牧村托雄は、英生・祐賢ともに寺を出てしまうと思いこみ、待っていたが殴打昏倒された後、哲童を目撃します。また、托雄は菅野博行に大麻を運び、哲童から大麻のことを尋ねられています(哲童犯人説)。なお、托雄の了稔目撃は英生との逢引きの時でした。

 ここから、京極堂から、仙石楼にてまず、以下のような謎解きが始まります。

 泰全老師の師匠であり、影響力の強かった和田智稔は妄執に取り憑かれ、明慧寺が生まれ、その後、隔離環境のなか妄執は風化していきましたが、問題児であった小坂了稔は召還令を握り潰すなどし、和田智稔に便乗して明慧寺に箱庭社会を築きました(外部の対立や歴史を持ち込み密封し、本来あるべきでない寺を普通の寺として機能させた。束縛なくして自由なし、檻から出たければ檻をつくってしまう)。

 さらに、はなしは、貫主、慈行以下による4名の葬儀を始めた明慧寺法堂のなかに続き、事態の終焉を向かえます。

1.「禅寺ごっこ

・覚丹は、絶えた宗派である元真言宗金剛三密会教主であり、空海が著した幻の禅の経典が明慧寺にあったことから、祖父の栄華を夢見、再興を目論み(小坂了稔にスカウトされた)、智稔は、寺ともども途絶えた神秘の禅風の復活という野望を持っていました。

・小坂了稔は、「無戒」と「脱他律的規範」を取り違え、何もない明慧寺に、自分を閉じ込める檻として、社会との断絶、資金、ヒエラルキーや流派といった逸脱すべき他律的規範をつくり、山中に囲い込み社会の縮図を築いた。これは、自分は悟りの境地に至っても、社会や衆生は救えないため、自分のためだけの宇宙を山中に作り、逸脱することで禅匠としての己を確立といった妄想でした。

 そもそも、宗教には神秘体験が必要不可欠ですが、それを言葉によって個人の認識から普遍なものに置き換えることで宗教が生まれます。他方、禅は、個人の神秘体験を退け、言葉を否定します。禅の神秘体験とは、神秘体験を凌駕した日常を指し、生きながら脳の呪縛から解き放たれようとする法であるとのこと(ex時間に追われぬ解放感は時間に縛られてこその解放感であって、関口も好んで檻に這入っていた)のようです。

・このような和田智稔の妄執に引き寄せられ、小坂了稔の妄想に囲われ、覚丹の我執に見張られた檻だったので、僧達は出ようとしても出られなかったのでした。

2.「仁秀老人」

・明慧寺がその空海に関わりある禅寺であれば、そこを護り継ぐ人であること、また、小坂了稔殺害時に聞こえた「漸修で悟入は難しい」という漸悟禅が、空海による北宗禅のものであることから、仁秀老人が、犯人となったものです。これは、北宗の聖地に南宗の末裔が入り込み、頓悟や大悟と叫ぶ異端者に対して、修証一等を続けるも、悟りに至れない妬みから、豁然大悟した僧を次々殺害したということでした。

3.「松宮鈴子」

・仁秀老人からは、鈴とは、博行を土牢からだすなど、鈴の方から博行を誘い狂わせた、人を惑わす娘、だということでした。

・松宮仁からは、13年前の事件は、鈴子が父母を殺し「兄様の子ができた」と告げられ、火をつけて逃げたことが語られます。

・火の手が上がる明慧寺のなか、そこに現れた妹の鈴子(鈴ではなかった)にわびた松宮、妹も炎のなかでわび、鈴子の憑き物落しが終わり、また、火中大悟した仁秀老人は「生きる禅」を託して、慈行ともに炎に包まれてしまいます。(2020.03) 

では、また!