森見登美彦「夜行」
あらまし
十年前、同じ英会話スクールに通う僕たち六人の仲間は、連れだって鞍馬の火祭を見物にでかけ、その夜、長谷川さんは姿を消した。十年ぶりに皆で火祭に出かけることになったのは、誰ひとり彼女を忘れられなかったからだ。夜は、雨とともに更けてゆき、それぞれが旅先で出会った不思議な出来事を語り始める。尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡。僕たちは、全員が道中で岸田道生という銅版画家の描いた「夜行」という連作絵画を目にしていた。その絵は、永遠に続く夜を思わせた―。果たして、長谷川さんに再会できるだろうか。怪談×青春×ファンタジー、かつてない物語。直木賞&本屋大賞ダブルノミネート作品。(文庫本裏表紙より)
よみおえて、おもうこと
雑感・私見レビュー:★星1
《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》
すぐそこにある、もうひとつの世界への入り口に、気が付かずに迷い込んでしまうパラレルワールド、そことの行き来が見えてしまう物語です。
それは、10年前に主人公が失踪した世界と、長谷川さんが失踪した以下の、個々の英会話スクール仲間の銅版画にまつわる話をする世界とが、裏表の関係になりながら進むものです。とくに、岸田が鞍馬の火祭で再会した、世界はつねに夜なのよとかつて囁いた女子高生でもある長谷川さんとの最初の出会い方に、大きな裂け目ができていたように思えました。
①中井:妻の失踪した世界から、同じ女性であるホテルマンの妻の失踪した世界へ(ただし、時間軸を前後させながら)
②武田:かつて付き合っていた美弥が失踪した世界から、それを知る瑠璃が消え美弥と付き合っている世界へ
③藤村:旅の途中で児島君が失踪した世界から、津軽中里の燃える三角屋根の家に、佳奈ちゃんといっしょにいる世界へ
④田辺:岸田の絵を持つ佐伯が降車するまでの世界から、かつて岸田の家の暗室で感じた絵からぬけでた女性(女子高生)と一緒に居る世界へ
さて、寺社仏閣やその祭礼、お盆やお正月・お月見や雛祭りといった慣習、森や雷などの自然、刀などの道具や生き物などなど、人知の及ばない神秘性・異界を畏敬し救済を求める機会は、とても多いと思います。この本の夜や闇も同じように、節操もなく手近なところから場当たり的に行う身勝手な都合の良さが、人の背景にあることを感じさせる本だったな思いました。
蛇足ですが、少し思いを巡らせてみると、同一空間ではないけれど、昼と夜は同時平行して進んでいますね。以下、「朝のリレー」引用。
カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交換で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ
『朝のリレー』谷川俊太郎
(2020.08)