キジしろ文庫

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京極夏彦「魍魎の匣」(上)(中)(下)

あらまし

「加菜子を―死なせはしません」。被害者の姉は決然と言った。その言葉が刑事・木場を異形の研究所へと導く。中央線武蔵小金井駅で発生した美少女転落事故と連続バラバラ殺人事件に接点はあるのか?研究所長の美馬坂とは何者か?しかし、深まる謎をよそに加菜子は衆人環視のなか忽然と姿を消した。

 

「私は、嘘吐きなのです」。かつての銀幕の美女・美波絹子こと柚木陽子は謎めいた言葉を口にした。蒸発した加菜子が大財閥・柴田家の遺産相続者だったという事実の他に、彼女は何か隠している…。一方、魍魎を封じ込めるという霊能者・御筥様の奇怪な祈祷と文士・久保竣公嗜癖が新たな惨劇を生んだ。

 

「あなたは、何でも善くご存じですのね―」。その女は京極堂に向かって、赤い唇だけで笑った。憑き物を落とすべき陰陽師さえ、科学者・美馬坂幸四郎の抱いたあまりに禍々しい夢を前にして、自分の封印した過去に直面させられる。そして訪れる破局…。第49回日本推理作家協会賞受賞の超絶ミステリ完結。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 元銀幕スターの美波絹子(柚木陽子)と妹加菜子、その世話をする雨宮、加菜子の友達である楠本頼子、相続問題が発生する財閥の柴田家、魍魎退治の霊能者であり元箱職人の「穢れ封じの御筥様」、小説「蒐集者の庭」「匣の中の娘」を書いた久保竣公、怪我人が入れば二度と戻れない「箱」と呼ばれる美馬坂近代医学研究所の美馬坂や須崎、これらが複雑に重なり合い、柚木加菜子殺害未遂、柚木加菜子誘拐未遂、須崎太郎殺害及びベッドから忽然と消える柚木加菜子誘拐、箱に詰められた連続バラバラ死体遺棄事件が発生する。これに対し、京極堂、関口、木場、榎木津らによる事態の究明と更なる事件の抑止をするなか第5の事件が発生するとともに、禍禍しい悲惨な結末を迎えてしまう。

 この事件発生の要因には、久保の隙間を嫌う、常に欠落を満たしたいという強い欲求をもつ極度の潔癖症、閉所愛好症といった奇癖、陽子と父、雨宮と加菜子の倒錯した愛情、美馬坂の現実を伴わない脳のみで生きる人工人体を目指す狂気、頼子の阿闍世コンプレックス(思春期に両親の性行為を目撃することで、ふしだら・汚らわしいと感じ、自分を誕生させた母親を愛するとともに憎しみ・蔑むといったやり場のない矛盾を抱え込むこと)などの一線を越えるような倒錯した心理や奇癖がある。

 さらに、このような明確な要因の背景には、言い表すことのできない突き動かしていくものがある。それは、魍魎(それは屍を食らう子鬼。覗いてはいけないその匣には、人の深い業(ごう)といったこころの空洞(うろ)があり、いったん覗いてしまうとその暗黒の虜となってしまい、戻れなくなってしまう)に魅入る、通り物(常に訪れては去って行く通り物にあたることで、犯罪は発生する)あたるといったことがあったのだと思う。

 その一方で、たとえば、心神喪失や精神に障害をもつことによる背徳、非道、不善といった傾向を、取り憑かれた邪悪な心によるものとして、介入による憑き物落としをしても、自ら認識できないのであれば、うやむやな解決にしかならないとも思うし、逆に、あきらめとしての、けじめをつけることとなるのかもしれないと思う。

 全体として、異様、猟奇的、狂気という推理・伝奇小説というよりも、日常を作り出す背後にある人知の及ばない世界観を描き出す、すばらしさの方が勝っており、しばらく余韻に浸っていた。強烈なだけに、刺激のないありきたりの毎日や、現実的な悩みや不安、苦しみ悲しみ喜び爽快といった気持ちの高まりのないときの方がむしろ、ぴったりとおさまる。ただ、独特であるがゆえに、日常の使いまわしはかなり難しいとも感じた。

 それにしても、冒頭の、匣の中に綺麗な娘がぴったりと入っていて、鈴でも転がすように「ほう」と云う、ああ、生きている。のくだりには、つい魅入り、引きこまれてしまっていて、もう後戻りできなくなっているのかもしれない。(2020.01) 

では、また!