キジしろ文庫

ミステリーや文芸小説、啓発書などの感想やレビュー、エンタメや暮らしの体験と発見をおすすめ・紹介!

岸本佐知子「なんらかの事情」

あらまし

 これはエッセイ?ショート・ショート?それとも妄想という名の暴走?翻訳家岸本佐知子の頭の中を覗いているかのような「エッセイ」と呼ぶにはあまりに奇妙で可笑しな物語たちは、毎日の変わらない日常を一瞬で、見たことのない不思議な場所に変えてしまいます。人気連載、待望の文庫化第二弾。今回も単行本未収録回を微妙に増量しました。イラストはクラフト・エヴィング商會。 (文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 作者は、ひっそりと繰り返し眺めては、呼びかけ、時には遊んで、暖め続けてきた妄想・夢想・酔狂を、いともあっけなく、惜しげもなく世間にさらしてしまった。

    それは、胸奥に収めるべき人類の生存基盤であり、連綿と続く不文律に抵触してしまったはずだ。

    だから、身上が心配である。当局や機関から狙われ追われてはいないか、逃亡先やルートはあるか、資金や信頼できる仲間はあるか、親族・友人は人質にとられるなどしていないか、もう既に監禁状態ではないのか。あるいは、既におとなしく自首を考えたり、逆に、新たな大儀の名のもと、虎視眈々と待ち構え、一気呵成にしかけてくるのか。さらには、廃人同様の抜け殻となり、長期療養もしくは既に手遅れとなり余命幾ばくもないことになってはいないか。

 なぜ、そうなったのかも気にかかる。単に原稿間違いといった事故なのか、出版不況にあえぐ業界の謀略なのか、あるいは、嫉妬や憎悪など身の回りのトラブルに巻き込まれてしまったのか。または、人生を悲観するなど自暴自棄となるようなことがあったのか、さらには、名誉や異性への欲望といった狙いや意味があってのことなのか。

 さらに、責任追及も考えなくてはならない。不文律を明言化するなどルール化をしたり、過重労働を見過ごさないような管理はしていたのか。セキュリティ対策やふだんから自己管理できるような教育は行っていたのか、しっかり指導する者はいなかったのか。

 しかし、静かである、平穏安泰である。とても腑に落ちない。おそらくこれは、本人も気づいていない、度肝を抜くような特級品の妄想があるということである。それは、きっとスイスの隠し金庫に厳重に保管されているはずだ。そうでもなければ、大罪や身の危険を冒してまでできないことである。

    過剰に心配することは、なかったのである。そっと胸をなでおろし、雑感を書こうとその手を見ると、文字が浮かんでくる。「いろいろな臓器がしゃべりまくる満員電車、空き瓶を見下ろし「愚民どもめ」と言って始める寸劇、摘出される胃とそれを傍から見守る腸、真剣に意味が分からなくなる単語。」これは、SOSかもしれない。はっとするやいなや、それを写し取った。(2020.01)

では、また!