キジしろ文庫

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亀山郁夫「ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』2021年11月(NHK100分de名著)」

あらまし

 終わらない物語を読み通す。

「四つの層」と「第二の小説」読者をいざなう二つのカギとは?

 綴られる恋愛・欲望・信仰・黙過・使嗾、そして殺意。物語の背景にある「拝金主義」と「二枚舌」-。重層的な人間の深層を描き出すロシア文学の金字塔を平易かつ大胆に解説。(本書表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 言わずもがなの名著ですが、以前、半分程度まで読んで挫折していました。が、2019年のTⅤ放映も視ていたので、本書によるエッセンスで気楽にサボることにしました。解説本からの都合のよい、齟齬も含んだ、備忘としての「カラマーゾフの兄弟」とりまとめです、以下は参考まで。

・ヒトは自由な個人の存在であることを起点にし、原罪を負った個人への救済を説くキリスト教(神)は、愛や犠牲心などの精神性といった信仰心を重んじること(贖いと赦し・救い)により、病いや災害、貧しさや暴力などの現実の不合理を克服してもらおうとしてきました(ex 神が造った世界は永遠の調和を保つ:P54から引用)。

・しかしながら、不条理な犯罪や貧困が後を絶たないありさまを直視すれば、ヒトに自由を導いた神は不要と言わざるを得ません。また、経済至上主義が席巻し、モノやカネなどの他への依存をせざるを得ない者も生じるなど信仰心は揺らぎ、精神の自由・神はどんどん軽んじられてきています。

・であれば、このように無意味となってきている自由を起点とする宗教は、一旦御破算にして(無神論)、そして新たなルールによって世界を築くという抜本的見直しを行うことが良いと考えられるでしょう(精神性などの重視から物質・現実的な観点重視へといった転換、見方によっては人道的とも言えるでしょう)。

・それは、個人ではなく社会全体に着目し(個人の自由の剥奪)、社会全体を根本から変えて、社会全体を救おう(神ではなく権力者による構造)とする仕組みでしょう(社会主義)。

・ただし、その実施前には、このような無神論(神や自由の否定)についての検証を行いたいところです。

・そこで、その提唱者たるイワンが意図せず犯罪を犯した(未必の故意)、という不条理に巻き込まれ、それが許されることで、神や自由の否定を実例をもって示そうとしたのが、この物語というわけです。

・それで、結末はどうかと言うと、イワンやスメルジャコフの思惑は見事に外れてしまいます。そして、これにともなって発生した、犯人でもない長男の冤罪という不条理に対して、本稿のはじまりにもあるようなキリスト教的世界観への回帰に至ることで、事態は終わります。

・具体には、資産・金と女性をめぐる父と長男の三角関係がもつれ、長男ドーミトリィは父への殺意を抱きます。次男イワンは、無神論を唱え、下劣で放埓な父を疎んじる気持ちや金欲などの未必の故意を持ち合わせています。そこへ、この無神論を聞きつけ、それに従うべく、また、これまで冷遇され復讐心を持つ料理人スメルジャコフが、父への犯行を実行しました。なお、長男ドミートリーは、父への金策を断念したものの諦めきれず、そのけなげに振舞う姿に、目下の女性は心を打たれ、ふたりは結ばれ、ドミートリーには癒しが訪れました。

・さて、この結果はというと、無神論を唱えた次男は、神同様の黙過の罪に悔悛し、自白をしたものの、神の裁きに伴って悪魔による狂気に蝕まれてしまいます。実行犯スメルジャコフも、同様にして自殺してしまいます。逆に、長男は罪の意識と犠牲心に目覚めて、冤罪という不条理を受け入れます(イエス的です)。なお、これまでの間、主人公であるはずの三男アリョーシャやゾシマ長老は、原罪を受け止め、赦しや救いを説くキリスト教原理を、物語の進行に合わせて語っています。

・最後に、このように、カラマーゾフ家の人たちが考え、行動を貫いたものは、ロシア的な放縦で下劣かもしれないがしたたかな生命力といったものが根本に存在したことであり、さらにそれは、残された三男アリョーシャに引き継がれた、と受け止めました。

 (2022.02)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!