キジしろ文庫

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ヘッセ「デミアン」

あらまし

 ラテン語学校に通う10歳の私、シンクレールは、不良少年ににらまれまいとして言った心にもない嘘によって、不幸な事件を招いてしまう。私をその苦境から救ってくれた友人のデミアンは、明るく正しい父母の世界とは別の、私自身が漠然と憧れていた第二の暗い世界をより印象づけた。主人公シンクレールが、明暗二つの世界を揺れ動きながら、真の自己を求めていく過程を描く。 (文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 言わずもがなの名著です。よみおえて、おもうことの一端を以下に書きとめます。

 本書は、既成の価値観や宗教観に盲従するのではなく、自己の内面を深く洞察するといった、主人公シンクレールの自己形成を通して、戦争を引き起こすなど物質文明を増長したキリスト教的世界観から、より精神世界を重視した宗教観・世界観への転換を提起するもの、と思いました。

 さて、以下は、備忘のための簡単なとりまとめです、参考まで。

 何げない明るく幸せなキリスト教家庭の世界がある一方で、ついた嘘がキッカケで苦悶した、ゆすりや暴力など陰湿で醜悪ないじめの世界が存在することを、シンクレールは経験しました。しかしながら、このいじめのような悪なる世界の存在も、神が創った完全調和する善なる世界のうちである、と絶対の教えは説きます。シンクレールは、ここに、違和感や空しさをおぼえ、そして生きずらさを感じています。

 このような気づきを覚える(しるしづけられた者)シンクレールに対して、救済啓示者のデミアンが、カイン(悪を正義と見立てる世界観)、磔刑(神を崇めるだけでなく、黙殺される悪魔をも包含する神の創造)、自由意思の具現、性衝動などの禁制からの解放といった、アンチ・キリスト的な考えを吹き込み、そしてシンクレールは感得されていきます。

 その後、シンクレールは、酒に浸り、孤独を感じながらやさぐれ、堕落していきます。そこで、デミアンは、必要な回り道とシンクレールをたしなめるとともに、周囲との見切りをつけ、自己の心の声に耳を傾けるなど内省を深めることで、自己の本質や人生の意味を探していくよう導きます。たとえば、シンクレールは、心の声に従うべき使命を感じるようになったり、自分のうちに隠れているものを摘出し、自分の前に描き出そうとしたり、といったことを思うようになります。

 それは、シンクレールが心惹かれた女性を描いた絵が自分やデミアンに似ていたり、夢に表れた記憶にも残る紋章のハイタカを描いた絵がアプラクサス(神的なものと悪魔的なものが結合する神性の名)であったり、理想の女性(魔精の半男半女の夢像)を描けば会ったことのないデミアンの母であったことなど、無意識に眠る自己(霊性)をひとつひとつ表象させ、自己の本質として統合していくことで、真理へと近づける一種の心理分析のような方法でした。

 また、アプラクサスを知るオルガン奏者ピストーリウスとともに行った、哲学の練習といった体験によって、内にある神性を感じとったり、夢や予感への信頼が増していったりします。また、ここに至り、シンクレールは、自己の運命を見出し、身を投じることが果たすべき使命と悟ります(天職)。

 このようにして、シンクレールは、自分の運命に引かれて、デミアンやその母エヴァ夫人(聖母マリア?)に出会い、現実社会から離れたサークルで身を落ち着けることができました。ここでは、エヴァ夫人たちからの教えを得ながら、さらに、本来の精神的な自己を霊的存在として成長させ、また確信していきました。

 なお、ここまでの間に、読心術、仮死状態化するデミアン、表情が動く描画、デミアンとの遭遇や返信メモといった引き寄せ、自殺しようとする同級生を助ける霊感や予感、エヴァ夫人とのテレパシーなど、奇蹟や超常・神秘体験が、現実の物質世界から霊性世界へと歩み出し、変容していくシンクレールに力を添え、そしてシンクレールにも備わるようになります。

 そして、シンクレールは、出征に伴って戦死します。しかし、それは、死の間際の幻想でのデミアンとの再会を通じて、自分自身の魂が至高の神の一部であるという自覚・統合が生じ(霊知)るものでした。また、これにより本来の場所へ回帰するといった、魂の救済が得られ、社会だけではなく肉体からも解き放たれるものでした。

 終りに際して、ここで、本書を理解しにくくさせ、また下敷きとなっていると思われる、異端のグノーシス主義を以下にまとめます。

 人間は、本来の精神的な存在としての自己が、被造物ではなく神の一部(善)でありながら、戦争の惨禍を引きこすなど不完全に創造された現実世界の肉体や社会(悪と見せかけの善からなる世界)の中に閉じ込められてしまっている。なので、わたしたちは、悲嘆・苦悩し、恐怖・絶望や空しさを抱えてしまっている。しかし、現状は、ただ偽りの神の教えに盲信隷従し、赦しや救いによって心の慰みを得ている存在となっている。したがって、わたしたちは、自己の奥深くを内観し、その霊性を見出し、神として自覚・統合し、そして現実の肉体や社会から解放(破壊)させなければならない。これによって、救済が得られるとともに、自己の本性や世界の真理に到達する(創造)。

 (2022.03)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!