キジしろ文庫

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カズオ・イシグロ「日の名残り」

あらまし

 品格ある執事の道を追求し続けてきたスティーブンスは、短い旅に出た。美しい田園風景の道すがら様々な思い出がよぎる。長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続ける。失われつつある伝統的な英国を描いて世界中で大きな感動を呼んだ英国最高の文学賞ブッカー賞受賞作。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書については、以下に備忘のための簡単なとりまとめをしました、参考まで。

 

 -哀愁、惨めさー

・生真面目なスティーブンスは、日々主人の意を解しながらの配下の者への指揮・監督、指導・育成、雇用や職務分担、同業者との討議、そして偉大なる執事にふさわしい「品格」や「忠誠心」といった技量を、日夜研鑽努力して鍛え上げ、自信と誇りに満ちた最高水準の執事をダーリントン・ホールで提供してきました。

・しかし、二度の大戦を経て、新たな時代や外部社会の変化が、貴族の気高く善良な公徳心・仕える執事から主人への愚直な忠誠心や誇りなど、英国伝統の品格や精気といった倫理観や道徳基準・価値体系を、容赦なく踏みにじり、葬り去り、新しいものへと取って代わろうとしています。

・そして、スティーブンスの新たな主人は、ジョークを楽しむ気さくなアメリカ人に代わり、ダーリントン・ホールでは、社交行事もなく客室の多くが閉鎖され、召使も激減しています。また、旧知の執事たちも職を失うなど、「品格」「忠誠心」によって国際政治や社会の創造に尽くしてきたハズの偉大なる執事の意義や存在自体も顧みられなくなってきました。また、高齢に伴ってミスも発生するなど、スティーブンスは、自らの能力の限界も感じています。

・そこで、スティーブンスは、まだ歩まねばならない人生のために、執事という仕事に向き合いながら取るべきだった、自分の真の人生とは何だったのだろうか、と考えるわけです。そして、誇りすらもてる執事の仕事に、人生をかけて全うしてきた、以下のことへの迷いや困惑、そして悲哀や空しさすらも感じていました。

・具体にそれは、

 

 ー人生全てを捧げた忠誠心ー

 高徳の紳士であるダーリントン卿は、各国の要人を招いた、ドイツの戦後補償の緩和を求める国際会議を開きます。スティーブンスはその執事に集中したことで、父の最期を看取ることなく他界させてしまいます。しかし、その悲しみを抑え、動じることなく会議の執事をやり果せたことで、執事の「品格」を身に付けたと感じました。

 また、英独の密接な関係をとりもとうとする秘密裏の国事(国王のヒトラーへの訪問)に関わる会合が催されます。スティーブンスは、この執事を務め上げなければなりません。そこへ、女中頭ミス・ケントンにあった結婚の申し込みについて、迷っているとの率直な想いが口にされたのにもかかわらず、その気持ちに気づけず、また、申し込みを承諾したと告げられても、素っ気ない言葉しか返せません。さらに、スティーブンスが本心を押し殺し、ミス・ケントンがふたりの想いをとげられずに悲しんでいることがわかっても、ミス・ケントンに、自分の気持ちを正直に打ち明けることをしませんでした。後日、ミス・ケントンは嫁いでいってしまいました。しかし、スティーブンスは、大切な女性を失った悲しみと引き換えに、「品格」を保ち続けたことで、国事の執事という大役を果たし、歴史に貢献した努力が報われ、執事としての集大成といった特別の満足や、勝利感と高揚をを味わったとも感じました。

 さらに、スティーブンスは、この秘密裏の国事など、ダーリントン卿の高潔であり高貴な本能を、ナチスが利用しようとしていることを判っていながら、ダーリントン卿を深く敬愛するがために、その意志に沿ったことで忠言をせず、その結果、戦後にダーリントン卿の不幸を招いたとも感じていました。

 

 ーすれ違うもどかしさー

 なお、この間、ミス・ケントンは、新人女中にやきもちを焼いたり、その女中が駆落ちしたことを「いずれ捨てられる」とつぶやいて、スティーブンスの気を引こうとします。しかし、スティーブンスは、ユダヤ人女中の解雇や、叔母の不幸に心を痛めるミス・ケントンを、気遣い慰めたりするなど、素直になって自分の気持ちをミス・ケントンへ寄せることができませんでした。さらに、スティーブンスは、親交を深めようと執事の執務室にやってきたミス・ケントンを、恋愛小説の読書という、執事の役割を離れた自分をミス・ケントンに曝け出してしまったことを恥じて、追い出してしまいました。そして、旧知の男性との付き合いを告げたミス・ケントンは、スティーブンスの心が、志をもち称賛してやまない主人へ全てを捧げるという忠誠心の方が、愛情よりも勝っているということを察してしまい、心悩み疲れはててしまいました。それをわからないスティーブンスは、ミス・ケントンにはとても大切な夜毎のココア会議を、一方的に廃止してしまいます。

・さて、新たな主人の勧めもあって、スティーブンスは、旅の中で以上のようなことを振り返るのですが、自己弁護や正当化に終始するばかりで、いっこうに改まって再考することができません。

 

 ーせつない再会ー

・しかし、スティーブンスは、最後に会えた女中頭のミス・ケントンが語った、自分への愛情や思い遣りがまわりから注がれており、やがて生じてきた自分の今の心(夫への愛情や幸せ)に気づくことで、癒せぬ想いから解放されていることや、道中最後の老人の、過去を思い悩んでも詮無きことで、むしろ、のんびりとできる夕方が一番楽しい、といった言葉によって、ようやくこころのけじめをつけることができました。

 

 ー立ち直り、希望ー

・このようにして、スティーブンスは、時代や社会が求め、スティーブンス自らが応じてきた勤勉さや向上心・合理的精神が、自身の感情を抑制させてしまい、人間性をも歪めてしまいました。それは、偉大なる執事という目標志向が、周囲を思いやることのない無機質・非情な人格形成に至ったことで、精神を不安定にさせたということなのでしょう。しかし、今の自分にしかない自己の内面に表れる、幸せを感じる・楽しいといった情感ある世界やライフスタイルが刺激されたことで、見失っていた自我や人間存在の本質に素直になり、また、まわりと心でつながることができるようになり、無事に旅を終えたのだと思いました。

 (2022.03)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!