キジしろ文庫

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アーサー・ミラー「セールスマンの死」

あらまし

 かつて敏腕セールスマンで鳴らしたウイリー・ローマンも、得意先が引退し、成績が上がらない。帰宅して妻から聞かされるのは、家のローンに保険、車の修理費。前途洋々だった息子も定職につかずこの先どうしたものか。夢に破れて、すべてに行き詰まった男が選んだ道とは…家族・仕事・老いなど現代人が直面する問題に斬新な手法で鋭く迫り、アメリカ演劇に新たな時代を確立、不動の地位を築いたピュリッツァー賞受賞作。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 以下は、備忘のための簡単なとりまとめです、参考まで。

 本書では、まず、主人公ウィリーは、仕事、お金、妻、息子、そして家を増築し野菜を作り息子夫婦と暮らすなどの老後に、セールスマンとしての夢を通して、現実を美化・虚飾しながら、現実社会を生き抜いてきました。

P241 トップになること、金持ちになること、自分の人生が虚しいものだと認めたくないこと、子供が一かどの人間になってほしい、子供に愛されたい、子供との絆の中に自分の命の意味を見出したい、というような欲望はどのような制度のもとでも存在する普遍的な人間の姿なんだと、ミラーはこの経験をふりかえって自伝に書いている。

 しかし、10数年前の浮気の発覚をはじめ、最近では、知り合いからの借金、自立できない息子、作物を植えられない狭い庭、長年勤めた会社からの解雇など、自分の生きる夢とはかけ離れた、惨めな現実を突きつきられてしまいます。

 そして、このために、孤独の重圧に耐えきれずにノイローゼになり、さらにセールスマンとしての夢に生きる信念(人付き合いに伴う、精神的な親交の心地よさ・帰属感)に一層深く没入し、そして殉じてしまいました。それは、なんの救いもないまま自らこの世を去り、息子や妻への保険金を得るという痛ましいものでした。

 このようにして、当世の職業倫理観によって自己を見失い、抱いた虚構のままに自殺という狂気に走ってしまったことには、人間の抱える矛盾や悲哀、愚かしさ、はかなさを感じさせます。

 では、どうすれば良かったのか、ということについては、サマセット・モーム「人間の絆」(下)3/3 よりの、抜粋を以下に引用します(括弧は今回追記)。

 

 わたしたちの人生には意味や目的はないのだけれども、しかし、人生とは、自分が、自分の欲する道を選び、まず「歩むもの」、そこで「感得するもの」、なのでしょう(他人や社会が与える夢(当世の職業倫理観など)に生きても空しい結末となる)。そして、こうして得られる、生の実感や悦びを感じ、現実に対して斜に構えることなく、しっかりと向き合って受け止めることが、まずは大切なのでしょう。

 さらに、この際には、共に喜び悲しみ、迷い苦労し、心を分かちあって苦難を乗り越える、このような良縁に恵まれることが、人生を生きていく糧や力になるのだろうと思いました。

 

 なお、以下は、人生を下るウィリーに関して、要点をしぼった本書の補足です。

(1)解雇通告

 ウィリーは、アラスカで成功した伯父の誘い(世界を征服しろ!)を断り、魅力があって人に好かれること(=コネ)に憧れと誇りを持つことで、会社のためにセールスに励んできました。しかし、先代の社長に言われた重役に昇進するでもなく、旧知の知り合いも減って成績は下降します。そこで、その様子を知る知人からの職の提供を受けますが、プライドから断ってしまいます。その一方、よく知る先代社長の、その息子から冷たく解雇の通告をされてしまいました。

(2)家庭での諍いの始まり

 ウィリーは家庭では、幼いころから長男ビフを溺愛し、期待もかけていました。しかし、ビフはウィリーの浮気現場(ウィリーの商売の客を紹介してくれる)を偶然目撃してしまいます。ビフは混乱しウィリーをはじめ全てが信じられなくなり、決まっていた大学進学を諦めてしまいました(高校卒業の試験落第もありましたが)。なお、この現実に父子ともに目を背けたことが、父子対立の一因になりました。

(3)ビフからの最後通牒

 長男ビフは、高校時代は有能なフットボール選手でした。高校中退後は、ウィリーからの期待に応えようとしますが、ひとりでは職を点々とするばかりで、厳しくあたるウィリーとは衝突していました。暫くの間、ビフは家から遠ざかっていましたが、何もなしえず戻ってきました。そして、試みた知り合いへの商売のための融資も思うようにはなりませんでした(かつて、そこでの発送係をセールスマンと自分を虚飾していた)。ビフは、この話をウィリーに告げるなかで、ウィリーの気苦労を気遣ってはいたものの、「自分(ウィリー)をよく見ろ!」「自分(ビフ)はつまらない人間だ」と言って、ウィリーに現実を突きつけ、家を出て行くことを父ウィリーに告げました。

 (2022.06)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!