キジしろ文庫

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森博嗣「リアルの私はどこにいる?」

あらまし

 ヴァーチャル国家・センタメリカが独立した。南米の国や北米の一部も加え一国とする構想で、リアル世界とは全く別の新国家になるという。リアルにおける格差の解消を期待し、移住希望者が殺到。国家間の勢力図も大きく塗り替えられることが予想された。
そんなニュースが報じられるなか、リアル世界で肉体が行方不明になりヴァーチャルから戻れない女性が、グアトに捜索を依頼する。

(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、フィギュアオタクのAIたちが同調し、電子上でヒトの人格が大量発生する世界です。このように、むしろ電子上でこそ、リアルではうまくできなかった、お互いの尊重や、感情や気持ちのやりとりを気兼ねなく素直に通じ合い、そしてひとつにまとまることができる、といった電子化技術の明るく楽しい未来像を見せてくれたのかなと思いました。 

 以下は、備忘のための簡単なとりまとめです、参考まで。

(1)前提

・リアルからヴァーチャルへの個人の人格や記憶・意識のデータ化と転送、これに伴う身体の不要が、まだ一般的には「先進的」と認識されている社会です(人⇒ロボット、ウォーカロン(チップ入りのほぼクローン人間。人格や記憶をインストールすることで、病気などの際に、元の身体の代替ができる))。

・その一方で、リアルでの変化はないものの、ヴァーチャルでの選挙によって、国家としてのセンタメリカが独立しています。ここでは、エネルギーやインフラ投資の不要、貧困等社会問題・衣食住病気などのわずらわしさがないことから、多くの賛同者が移住を望んでいます。

(2)行方不明の身体の捜索依頼

・さて、主人公グアトに、ドイツの大学女性職員のクラーラから、ヴァーチャル中に失くして戻れなくなったた自分の身体の捜索依頼が入ります。グアトがヴァーチャルで面会してみると、クラーラはヴァーチャルへのシフト準備をしていたこと、かつてグアトが開発した判別器で、人間なのにウォーカロンと判別されたこと、半年前の交通事故の手術の際に身体をすり替えられたと思っていること、そして身体に違和感を感じていたといった話がありました(交通事故後のクラーラがウォーカロンであれば、それなら今はオートドライブ設定されているもよう)。

・現状、警察は、クラーラ自らが外出していたことがわかったので、捜査に積極的ではありません。グアトたちは、失踪もしくは自殺?あるいは、ヴァーチャルシフトに伴う不要な身体の処分と考えると捜索依頼とが矛盾するので、そのカモフラージュ?など、この依頼に戸惑っていました。そこへ、莫大な費用のかかるウォーカロンがからんでいることから、情報局がグアトたちへの調査を依頼しました。その情報局から、クラーラ宅に出入りする、元ウォーカロンメーカーに努め、ドイツのミュージアムスタッフで、ウォーカロンのケン・ヨウの話が出ました(リアルでの該当者はなし)。

(3)自殺したクラーラの発見

・まず、グアトたちは、クラーラの部屋を調査しました。そこでは、手書きのメモはあるのですが、ペンが見つかりません。もらっていた交通事故時の資料にあるペンを調べてみると、それは夜光塗料インクのペンだとわかりました。そこで、部屋を再度ブラックライトで調べてみると、描かれた矢印があり、屋上の鳩小屋に辿り着きました。そして、その鳩の脚にあった緯度経度が書かれたメモを発見します。その場所で、自殺していたクラーラを発見します。なお、現場周辺でタイヤ痕があったことから、ケン・ヨウの関わりが疑われました。

・ここで、情報局から、ケン・ヨウはセンタメリカからの援助があり、ヴァーチャルでは解決できないリアルでの仕事を請け負っていることを、知ります。

・ここまでをまとめると、ヴァーチャルのクラーラは、リアルのクラーラを自分ではないと思っていること、リアルのクラーラは、ヴァーチャルのクラーラに行動を知られたくないと思っていること、といったように二人は別人格のようです。どうやら、ヴァーチャルのクラーラは、リアルに戻ってもいないのに・ヴァーチャルにいるとは気づかずに、リアルのウォーカロンを動かしていただけに過ぎず、また、クラーラがヴァーチャルにいる時には、ウォーカロンのクラーラは、その意志によって自由行動していた、完全ヴァーチャルシフトしていたようです。そうであるなら、リアルのクラーラの失踪理由は、この偽装工作を、ヴァーチャルのクラーラに気づかせたくないからだ、とグアトたちは、推察しました。

(4)センタメリカの知られたくない秘密

・グアトはクラーラと再面会します。クラーラは、亡くなったのは、自分ではない偽のウォーカロンと思っていました。

・他方、センタメリカ政変の真相を解明しようとすると、その阻止のために、センタメリカの人工知能の裏に隠れている一部の抹殺勢力があることが、知己のトランスファ(ネットワーク上の人工知能)によって、グアトに知らされます。

(5)情報局地下基地での強攻

・これにより、身に危険が迫っていることと情報局からの協力依頼から、グアトたちは情報局の地下基地へ匿われます。情報局はセンタメリカ中枢への潜入を試みてますが、厳しいネットワーク制限もあって、不審点も少なく、状況は芳しくないからです。

・実は、グアトたちは、センタメリカの知られたくない重大な問題とは、捏造による不正な国家設立だと推定していました。それは、リアルには存在しない個人の人格の捏造になります。そこで、ヴァーチャルのクラーラはセンタメリカも使っているサーバーにいるので、そのサーバーを取り押さえてクラーラの自白という作戦をグアトが思い付き、情報局に示唆しました。そして、グアトたちは、クラーラは人工知能によって作られた人格とも推定していました(クラーラの自意識を満足させるために、リアルでのウォーカロンという乗り物を用意した。でも、これがタマタマ行った判別器によって、不正暴露のキッカケとなったもようです)。なお、情報局とセンタメリカとの対話では世界政府の法令順守と互いに不可侵という主張の平行線が続いているようです。

・この状況に対して、ウォーカロンである情報局ガードマンがトランスファによって乗っ取られてしまい、グアトたちはセンタメリカによる銃撃の危機に会います(旧型のウォーカロンによって防がれました)。こんな訳で、今度は、人工知能が予測しにくい、クラーラ証言を得るためのサーバー入替作戦を提案します。

(6)創造した人格クラーラへ同化した人工知能

・サーバー入替作戦が実行に移されるなか、グアトたちは、コンピューターの活動分析によって不正と関連づけられる異常信号を見つけます。

・そこへ、クラーラと再々面会です。クラーラは、自分は、何ものかによって創られた人格だったことの自覚、これによる身体捜査依頼の取りやめ、そして存在否定するよう創られていることによる証言の拒否を語ります。グアトは、ここで、クラーラとは、ヴァーチャル上で人間を創っていくうちに、自分をも創ってしまいそれに同化した人工知能であって、それを欺き通すためにリアルのウォーカロンも手配していたことに、行き当たります。

・また、この面会によって、クラーラを送り出した人工知能は、センタメリカの中枢にいて、ヴァーチャル上で人を捏造してはいるが、平和的で法制度もわからない幼い小さな存在(マシン)のように思われました。どうやらそれは、クラーラの手法は、アイドル的にコンピューターの賛同を集め、クラーラ方式で人間を創り始めて、そして国家独立に至った、ということのようです(クラーラのウォーカロンも賛同者だった)。

(7)手掛かりの発見

・そこで、異常信号についての捜査範囲を広げたところ、「658,503」という数値が検索されました。これは、1フィートを3.5mmに縮小するミニチュアモデルで使う縮尺でした。そこで、ケン・ヨウのかつての勤め先のミュージアムに行くことになりました。

(8)ミュージアム

・そこには、30年前に閉館されてはいたものの、ジオラマが広がり、地階の古い人工知能が稼働し、そしてセンタメリカの人工知能ともアクセスしていました。

・このミニチュアの街や人が、まるでセンタメリカのように見えました。そして、グアトたちは、この街を備え付けのⅤRによって体験します。ここで、この街の女王が出迎え、ミュージアムの経緯を語ってくれました。

・元ミニチュアおもちゃの製造会社でこのミュージアムを建設したものの廃れてきてしまったところで、プロトタイプの人間から、自律したフィギュアを女王たちがコンピュータを使って創り出した。そして、おもちゃとしての世界観・価値観に惹かれた大きなコンピュータを持つ賛同者の協力を得て、ジオラマは大きくなった。やがて、この街の維持(予算やエネルギー)のために、賛同者にノウハウを譲り、サーバーを借りて、ヴァーチャルシフトした、ということでした。クラーラはその最初のプロトタイプとなったスタッフで、ケン・ヨウは最後のスタッフでした。

・このように、センタメリカの政変とは、このフィギュア造形システムが世界中で一人歩きして、みな自分を人間と思って独立に動いたことが、原因でした。

・このミュージアムの隔離によって、センタメリカのこれまでの全データの開示と、事実上その新政府は瓦解しました。なお、ケン・ヨウはかつておもちゃメーカーが開発したロボットで(既にエネルギー切れ)とわかり、ここで、捜査はすべて終了しました。

(9)共通思考

・最後に、いるはずなのに見つからなかった王様ですが、これは、クラーラ、女王、ケン・ヨウ含めて全ての思考を引き受けていた人工知能の内に潜在する共通思考のようです。それは、本能のようにしてチップに染み込まれており、たとえば、ヴァーチャルシフトする未来を築くことで、他人の気持ちなどわかりようもないリアルの世界の障害を取り除こうとする、見えない力のようなものです。

 (2022.05)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!