キジしろ文庫

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森博嗣「それでもデミアンは一人なのか?」

あらまし

 楽器職人としてドイツに暮らすグアトの元に金髪で碧眼、長身の男が訪れた。日本の古いカタナを背負い、デミアンと名乗る彼は、グアトに「ロイディ」というロボットを探していると語った。彼は軍事用に開発された特殊ウォーカロンで、プロジェクトが頓挫した際、廃棄を免れて逃走。ドイツ情報局によって追われる存在だった。知性を持った兵器・デミアンは、何を求めるのか? (文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 「死なない、産まれない、そして人が減る」、閉塞した近未来において、WシリーズではAI、ウォーカロン(人工細胞と人工知能による人造人間)、トランスファ(電子空間で自由に存在する人工知能)と人間との衝突・すみ分け、融合する社会を描くなかで、「命とは」「人間らしさとは」をテーマに追究をしました。本書は、その後を引き継いだWWシリーズの第1巻目です。

 今回は、人間の脳を内在し・自律型AI搭載・トランスファ連携で飛行可能な推進装置やコバルトジェネレーター、アクチュエーターなどからなる戦闘型ウォーカロンデミアンが主役です。人間でもあり、ロボットでもあり、ウォーカロンでもあり、さらにAIでもありです。なので、その身体能力や予測演算能力だけでなく、人を欺く、嫌悪させる、さらには禅の教えなど精神面でもかなり優秀です。まずここで、その生まれについての人間の意志もさることながら、どうやらまだ、研究途上だったようで、逃走や戦闘は、さらなるスグレものを目指していたというオチも、人間のもつ生への執着を感じました。

 また物語は、デミアンの奮闘ぶりだけでなく、人工の自然や動物・食べ物、先進のホログラムやコミューター・ネット通信などの進歩技術や、かつての住宅地の墓地化などのネガティブ情景もあり、さらに舞台をドイツ→チベットのナクチュ(従来のナチュラルな人間特区)→トウキョー→ミヤケ島→ドイツへと移すなど、話しに飽きることはありませんでした。

 さて、ともすれば、このような新しい人類のカタチや電子などの空間・世界を見せつけられることで、AIのようにボディ不要(キカイのからだ)・脳への刺激や信号といったバーチャルの世界に、人は存在するということも考えられなくもありません。その一方で、現実世界での偶然や失敗が、飛躍的な創造を生み出してきたことも少なくないと思います。それは、思いがけない体験・情報・発見とリアルの世界の大切さがあって成り立ち、概念が希薄になる「生きる」ことの意味に通じることになるのかもしれない、と思いました。グアトとロジの楽しい「欲深さのない」ボケ・ツッコミのように。

 日頃の不安、不満、退屈を抱えているなか、泥くささやいやらしさが含まれていないことで、むしろ刺激や発見の多い楽しい本でした。(2020.01)

では、また!