キジしろ文庫

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小池真理子「恋」

あらまし

 1972年冬。全国を震撼させた浅間山荘事件の蔭で、一人の女が引き起こした発砲事件。当時学生だった布美子は、大学助教授・片瀬と妻の雛子との奔放な結びつきに惹かれ、倒錯した関係に陥っていく。が、一人の青年の出現によって生じた軋みが三人の微妙な均衡に悲劇をもたらした……。全編を覆う官能と虚無感。その奥底に漂う静謐な熱情を綴り、小池文学の頂点を極めた直木賞受賞作。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと 

 雑感・私見レビュー:星1

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

    元子爵令嬢の雛子と駆け落ちした助教授信太郎という片瀬夫妻は、享楽、奔放、頽廃、放蕩、官能、堕落、怠惰、甘美など、他者との関係をも自分たちの楽しみのひとつといった背徳的性的嗜好にまみれたプチブル軽薄生活をしています。この夫妻は、成し遂げられない禁忌の恋愛・婚姻をつき進めるがゆえに、抱える不安・孤独・憂鬱・空しさ・寂しさ・罪悪感が尽きません。これをまぎらわすためには、さらに奔放に、狂おしく、激しく求めあいますが、その結果さらに寂しさなどを感じる自虐的な悪循環を繰り返します。

    他方、矢野布美子は、活動家の唐木俊夫との破局と病死という不条理の現実にこころ折れます。このため、夫妻とは当初は線を引き、やがて同格になろうとしたものの、ついには、現実離れした倒錯した異界とも言える、肉体を超えた二人の堅い精神の清らかな絆に傾倒し、惹かれ、踏み入れてしまった自身をも含む秘密の共有によって、その異界に痺れ、溺れ、からめとられてしまいます。

 しかし、このような夫妻の抱える世界の限界に、やがて、雛子は無垢に反応し、大久保勝也がそのメスを入れます。矢野布美子は、既に忘我耽溺していた異界の破壊を企む異端として、大久保勝也に憎しみや嫉妬を抱き、さらにその思想瓦解を防ぎ、同志を守り、存続し、貫くために凶行に及びます。犯行後は、このような内情を伏せることにより、3人共有の秘密と共犯関係ができあがり、恋愛や肉体を超える、さらに緊密で安泰で永遠の精神のつながりといった思想が完遂されます。

 さて、当書は、子どもには決して読ませられない内容ですが、安保闘争連合赤軍浅間山荘事件といった不安定な時代背景のなか、精神的つながりを究める思想とそれを全うする同志たちの物語だったと思います。とても崇高で重厚、圧倒、推理仕立ての展開内容という印象で、読みやすさもあり、読後感もそれほど悪くはありませんでした。以下、個別に。

・確固とした精神のつながりを求める思想を懸命に追求するといった、尽きない傲慢な人の欲望にはきりがありません。なので、このような根深い執着にあがない、そういった人の業に気づきを得て、むしろ、同じではないから面白い、分かり合えないから協力し合う、失うから求めあうといった、対人関係を別の観点から立ち返ってみることが必要かな思いました。

・矢野布美子が描いた理想世界は、見方によっては、世間知らずの身勝手なお嬢さまが思う少女趣味的世界像にすぎないのかもしれません。なので、まじめに取り扱うことに意味はないのかもしれません。したがって、矢野布美子のもつ、出口を見つけ出そうとする、そのアツい情熱や必死さ、泥臭さ、言ってみれば聡明闊達なところなどに魅力を感じるというのもあるのでしょう。(2020.03)

 では、また!