キジしろ文庫

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京極夏彦「絡新婦の理」(四)

あらまし

「あなたが―蜘蛛だったのですね」。桜の森の満開の下に響く京極堂の声。いまや恐るべき大計は成就した。だが、何故にかくも累々たる骸が晒されねばならなかったのか。神代の昔から続く理を開顕した陰陽師の発する哀しい問いに「真犯人」の答えは…。古今未曾有、瞠目の構造を織り上げた京極文学の金字塔。 (文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書(1/4~4/4を通して)は、無自覚に受け止めていた常識や習慣・価値観(多くの男と交わり子を生し家督を繁栄させる)が卑しい、忌むべき、背徳的・恥ずべきことだと気づかされ、さらに肉体的欠落(不妊?)を被った?ことで、進むこと(社会に自立する)も戻ること(織作家で子を生す)もできなくなり、自己を見失い(居場所がない)、混乱・懊悩・悲観・絶望し、自身の人間性の瓦解にも発展し、ここに根深い生への執着心が加わったことにより、自らの歩みを止め、嫉妬や恨みとなって、常識や習慣・価値観を蔑み・貶め・引きずりおろし・否定・壊滅する制御不能の永久の引き算(誤算含め織作一族ら15人殺害、次は柴田勇治)を行った、むしろ、そうすることで社会への倒錯した自己実現を果たした、自我妄執の極みのお話だったと思いました。

 ところで、わたしたちは、それがおかしいなどの気づきや自覚に至っても、その自覚等を構成する社会・文化的特性や価値観、生理的特徴といった境界を踏み越えることができません。その限界のなかで、思考し、笑いもがき苦しむしかありません。

 たとえばそれは、言語をもつ二足歩行の生物として、峻烈な自然を前に、人類という社会集団・差別・階層をつくりだすことで、永続的ないとなみを優先する一方で、常に(全滅とはならないような小さな)問題は抱えざるをえない、という自然の摂理のひとつなのかもしれません。

 とはいっても、宵越しの銭を持たずに出かければ、夜露に濡れて風邪をひいてしまいます。なので、現状を超える革新的思考や飛躍の一助もあって欲しいものです。そこで、思い巡らしてみてみると、たまたま起きた偶然を見過ごさないことや、遊び感覚でいろいろ試してみて成り行きを見守る(場合によっては、目標を取り換える)など、論理的思考から確率論的思考への切り替えをすることなどが、自我妄執にとらわれず、とても大切なことなのだと感じます。

 さて、4/4について、以下、備忘録程度に記します。

1. 碧を殺そうと人質にとり屋上に逃走した杉浦隆夫・絞殺魔の憑き物落し

 絞殺魔・杉浦隆夫は、蔑視されてしまう女性性を持つことによる劣等感、なりえない女性への強い憧れと深い嫉妬によって、神聖な少女を食い物にした川野弓栄を離れて、純潔である完璧な飼い主の聖少女の碧の犬となり、とくに女装することで、売春情報を仕入れた飼い主の邪魔者となる是亮や小夜子を嬲り者にした本田教諭への憎悪、少女の清らかな躰を自ら褻した汚らわしい小夜子への嫌悪や、聖少女碧への妬みが激しく湧きおこったという、自らの意志で行った奇行を明らかにします。しかし、隆夫は、織作家と繋がりのある酒井印刷所で川島喜一を知りえたこと、さらに次の紹介先に川野弓栄にいたことも、無自覚のまま誘導されていたのだといわれます。

2.平野の凶刃に遭った、人を辞め、神を穢す、悪魔の申し子織作碧の憑き物落し

 織作碧は、川野弓栄の売春暴露に対する呪殺成就をきっかけに、魔力を信じ悪魔崇拝主義者となります。また、痛めつけろと命じられた杉浦隆夫による本田殺害や、碧が突き落とそうとした麻田夕子は誤って転落したことは、悪魔がしたことだと思い、黒弥撒と称する売春や呪いの儀式をするなど、自らを悪魔(蔑み、辱め、嘲笑い、責めるといった穢れた言葉は遍く褒め言葉になる。憎悪の気持ちで世界を呪っている。)と言わしめるほどまでに誘導されていました。それは、基督教の女性蔑視(女が如何に悪辣で淫乱で軽信で、非理性的で反道徳的なものか)に反抗したものであり、さらに、父と長女との父子相姦の忌まわしい背徳の娘という吹き込まれた嘘によるものだったことがわかります。そのようになる魔術書を教えたり、川野弓栄との接触、本田・山本への密通、前島に関する脅迫など誰かの意のままに見えざる手に導かれています。

3.お館の厄落としのなかでの真犯人の大計の成就

 京極堂が、以下を明らかにするなか、最後の惨劇が発生し、その後、茜は柴田家に嫁ぎ、織作家は断絶することで、この4巻は終えます。第1巻の冒頭に戻る訳です。

・織作家は、長女は永遠に家から出ず、石長比売を奉り、女系の因習をまもる一族であっため、その因習を封印すべく伊兵衛・雄之助らの織作家の血への乗っ取りとさらにそれに対する復讐が繰り返されてきました。

・茜は喜一に、川野弓栄、前島八千代、高橋志摩子の娼婦の情報を与え操りました。

・化粧をしない葵(男根主義的差別階層主義者)は半陰陽であったため、目潰し魔平野(白粉アレルギーがもとで凶行に至ったもの)に、対象をモノ化するといった性差を越境した者として好意を抱き、匿い、さらに碧や婦人解放運動を案じたため、学園の調査を依頼していました。 (2020.05) 

では、また!