キジしろ文庫

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万城目学「鹿男あをによし」

あらまし

 大学の研究室を追われた二十八歳の「おれ」。失意の彼は教授の勧めに従って奈良の女子高に赴任する。ほんの気休めのはずだった。英気を養って研究室に戻るはずだった。渋みをきかせた中年男の声が鹿が話しかけてくるまでは。「さあ、神無月だ―出番だよ、先生」。彼に下された謎の指令とは?古都を舞台に展開する前代未聞の救国ストーリー。(文庫本裏表紙より)

よみおえて、おもうこと 

 雑感・私見レビュー:★★★星3

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、どこまでも続く楽しい非現実感とスピード感があり、一粒で何度もおいしいお得感もありました。たとえば、神話や古代・歴史ロマンモノ+ミステリーや異界・ファンタジーモノ+ツンデレ女学園恋愛モノ+熱い感動呼ぶ青春スポ根モノ+救世ヒーローモノ、といったところでしょう。とくに、特徴は、悲愴感、イヤらしさやドロドロ感などの不快感、虚しさや儚さ・不条理さなどとは無縁の、清冽・誠実さとマヌケなほど明るく、笑いに溢れているところだと思います。

 ストーリー展開のポイントとしては、

・神獣の鹿、狐、鼠が卑弥呼に恋をし(多少、よこしまな気持ちも持ちながら)、卑弥呼から授かった神の力「目」によって、富士山大噴火や大地震といった厄災を引き起こさないよう、60年に一度の神無月に、順番に大なまずをこれまで鎮めてきています。

・今回、その運び番や使い番となった主人公らは、はじめは、しゃべる鹿たちやその任が信じられませんでしたが、鹿から印(鹿化)を押され、また、地震の頻発や富士山の変動もあったことから、真剣になって動き回ります(長岡先生からの紙、大和杯での勝利、鼠の運び番を見つける)。

・他方、十二支来ひきずってきた、鹿、狐、鼠のいざこざや仲違い・意地悪はあるものの、それ以上のリチャード先生の欲の深さ(卑弥呼畿内説証明)が、取り返しのつかない事態を引き起こしかねませんでしたが、大和杯に続き、ここでも堀田イト(女学園1年生)によって、「目」は無事引き渡され、大災害の危機は回避されます。

・もちろん、このような人知の及ばないところ(鹿島大明神)から任を命ぜられ、これを全うした主人公や堀田イトは、その後、日常に戻るわけですが、その際、鹿や鼠によって、ご褒美にひとつだけ願いがかなえられました。

 さて、のっぺりした繰り返しの退屈だったり、理不尽で身勝手なふるまいに怖れや苦悩したりする日常では、ご都合主義とはなりますが、刺激やドラマが欲しいし、異世界とのリンクといった非日常の妄想や幻想によって、さらに、勇気や情熱、清々しさやぬくもり、癒しややすらぎといったものが大切なのだと思います。

 また、未曾有の大震災の経験や猛威をふるう感染症などの前でも、同様ではあるのですが、その一方で、私たちの存在を規定するのは、可能性ではなく、不可能性であるという、夢も希望もない冷徹な現実直視も必要なんだよなあとも思います。とはいえ、少しは、ふところを広げたり、深くするのも悪くはないと思うので、鹿だけでなく、ネコ、花、トイレットペーパーなど、しゃべりだす瞬間は絶対見逃したくないし、またその心の準備くらいなら、しておいてもいいかなあと思いました。(2020.05)

では、また!