キジしろ文庫

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ロバート・J・ソウヤー「フラッシュフォワード」

あらまし

 全世界の人びとが自分の未来をかいま見たら、なにが起こるのか?ヨーロッパ素粒子研究所の科学者ロイドとテオは、ヒッグス粒子を発見すべく大規模な実験をおこなった。ところが、その実験は失敗におわり、そのうえ、世界じゅうの数十億の人びとの意識が数分間だけ21年後の未来にとんでしまった! 人びとは、みずからが見た未来をもとに行動を起こすが、はたして未来は変更可能なのか……全米大ヒット・ドラマの原作長篇(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:星1 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、不知の未来を知ったがための、全体の整合性をとろうとするロジックや、原理の応用などに考えを巡らせたり・耽ったりと楽しませてくれます。また、その過程や解決のうえで、いくつかあった、シュレディンガーの猫などの物理学の原理やたとえが記憶に残るものとなりました。そのような全体印象をもちましたが、以下は具体の迷想です。

(1)観察という行為によって得られる事実と、事実そのもの(観察していないのでどのようなものかはわからない)という、二つの目線でとらえること。

 まず、本来あった2009年4月の観察によって得られる、2009年4月の事実を欠落(空白)させ、その代わりに2030年10月の観察記録を、2009年4月として埋め込みます(時間転移)。しかし、その後、未来予知の影響を受けた現実が時間経過すると、今度は、ふたつの異なる観察によって得られる、2030年の同日を迎えてしまうという問題が生じてしまいます(進行中の未来予知の影響があった2030年10月と、既に間接的に観察してしまった(未来予知のなかった?または、3度目のフラッシュフォワードは阻止されていた?)2030年10月)。

 しかし、これは、事実そのものは不定((3)に記したように未来可変))であり、観察によって事象を変えてしまうため、二つの観察記録である、2009年4月に視た間接的な観察と2030年10月の直接的な観察は、両立します(一致不一致は量子論的にはかまわない)。

 他方、ラッシュ教授は、一定の事実は存在し、二つの観察記録の両立は矛盾(パウリの排他性原理)という考え方から、妻の死を回避するために、このフラッシュフォワードを阻止します。これにより、因果律によって、時間を溯り、根本要因である当初のフラッシュフォワードが発生しないという、過去を書き換えて現在に至ることができ(パラレルな時空間が生じ)ることを想定し、行動したものです(こちらの考えの方が、むしろ一般的でしょう。でも、既に時間進行しているので、ありえませんが)。

(2)未来の世界像

 さて、同様にして、再度、フラッシュフォワードすることで、2030年10月の観察事実を欠落(空白)させ、その代わりに、2030年10月のフラッシュフォワードした観察記録が埋め込まれることとなります。ここでは、次のステップとして、ロイドが経験する未来の不死の世界、というものがメインに描かれます。ちなみに、2009年4月と2030年10月は、その時点で観察していないので、事実そのものは全くの知りえないものになっているでしょう。

(3)未来は変更可能なのか?

 なお、フラッシュフォワードを唐突に目の当たりにした際、ロイドは、当初、CERNの責任回避やミチコとの結婚への二の足を踏むことにもなる、「未来決定論」(ブロック宇宙、ミンコフスキー・キューブ、交流解釈、オイディプス王)を頑なに主張していましたが、共同研究者のテオの弟の将来(ウェイター)を悲観しての自殺という事実によって、「未来可変論」(シュレディンガーの猫多世界解釈クリスマス・キャロル)に変わっていき、ミチコとの結婚も果たします。このように、括弧書きで書いた物理学の原理やたとえが多々出てきます。

(4)その他、個別に気づいた点を、以下に列挙しておきます。

フラッシュフォワード発生には、サンドリューク超新星ニュートリノの嵐が必要(フラッシュフォワードは当初は偶然、2度目は失敗、3度目は計画的に成功)。

・くっついたり、離れたりのロイド、ミチコ、テオの三角関係。

・テオの銃殺回避のために面会した、ドレッシャー刑事、ラッシュ教授との21年後の不幸な再会。

・あらゆる情報とリンクした生体ロボットとしての不死の知性体となる世界観。

(2020.10)

では、また!