キジしろ文庫

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パオロ・バチガルピ「ねじまき少女」(下)

あらまし

 聖なる都市バンコクは、環境省の白シャツ隊隊長ジェイディーの失脚後、一触即発の状態にあった。カロリー企業に対する王国最後の砦〈種子バンク〉を管理する環境省と、カロリー企業との協調路線をとる通産省の利害は激しく対立していた。そして、新人類の都へと旅立つことを夢見るエミコが、その想いのあまり取った行動により、首都は未曾有の危機に陥っていった。新たな世界観を提示し、絶賛を浴びた新鋭によるエコSF。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★★★星5 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、脅しや騙し・裏切り、暴力など剥き出しの自由競争に曝された世界では、以下のようなエゴ(自由意思)がからみあい、接触反応を起こし、ついには破滅を引き起こしてしまう、というものです。

 この結果は、各人のエゴ(自由意思)に潜在し司る「業」のなせることなのかもしれないと考えると、逆に、そのような宗教観や倫理観のない、ねじまき少女エミコやマッドサイエンティストのギボンズが生き残ることも、わかります。また、この一体とひとりによる新たな創造世界との対立や共生といった、適者生存の進化が人類を生かすのだとも思いました。

 それにしても、回避できない人工物と人間との相互作用という環境適応と進化のなかで、純粋な生身の人間に適応させるべく環境を操作するのか、改変した環境に合わせて人間の遺伝子改変などの人工進化も行っていくのか、新型コロナワクチン接種は、あえて分類すれば、後者のようです。 

①権力や利権への貪欲さ、好戦資質

②他者への服従・奉仕欲(依存ではない、貢献欲求・犠牲心をもつ、ロボット三原則的なもの)

③血族や親族の維持・復活その復讐

④人工ではない天然由来の自然を求める無垢清廉、無為自然

⑤奇病難病の流行と環境適応のための遺伝子改変などのオタクな技術抗争(ねじまき少女エミコといった人造の生き物や人体を改造する能力の発揮も自然のうち)を求める強い自己執着

⑥ハゲタカ投資ファンドの如き経済至上主義や市場拡大による、武力も辞さないタイへの征服・支配・拡張の欲望

 以下は、簡単なとりまとめです、参考まで。

・副官カニヤは白シャツ隊隊長に任ぜられ、環境省白シャツ隊は、市街での恐怖をうえつける暴行・空港港湾施設の強制封鎖など、通産省側へのジェイディー惨殺の報復行動を起こし、プラチャ将軍の実効支配が強まります。

 なお、カニヤは幼少時に白シャツ隊に村を焼かれ投げ出されたことから、環境省への憎悪を抱く、通産省側のスパイです。しかし、ジェイディーの高潔さに惹かれ、徐々に守るべき自然や生態系といった考え方に傾倒していきます。

 他方、市中に流行の兆しのある、瘤病の変異型ウィルスがみつかり、カニヤはマッドサイエンティストのギボンズを訪ね、その原因としての養生タンクのヒントを得ます。これにより、アンダースンの改良型ゼンマイ工場の破壊に向かいます。

・アンダースンは、武力による政権掌握を狙う通産省のアカラットとの再交渉(種子バンクやギボンズとの接触)に臨みますが、既にアカラットは軍部を取り込んでいたため難航します。しかし、何らかキッカケをつくるべく、同席していた女王摂政がねじまきに興味があることに気付き、ねじまき少女エミコのショーに案内します。

・白シャツ隊から、ご主人様のアンダースンに匿われていた、ねじまき少女エミコは、北方のねじまきの村へ行きたい欲求(自我)が強くなり、アンダースンさまや娼館にお願いしますが、娼館の持ち物であるため、うまくいきません。さらに、恥辱的差別的な激しい仲間の精神的肉体的蹂躙によって、尋常ならざる精神状態(服従への怒り)に追い込まれていたところに、再度、摂政が現れます。

 ここで、摂政が起こしたねじまき少女エミコへの危害(環境省の足元をすくう材料とするための意図的挑発?)がキッカケとなり、ねじまき少女エミコは、摂政と他8名を暗殺し逃亡します。本人は白シャツ隊に追われる中で徐々に自覚してきましたが、実は、俊敏さ・パワー・知力や視聴覚力に優れ、命令に服従する軍事用ねじまき(持久力がない肌きれいな秘書タイプ)と変わらないねじまきであることが発覚します。

・この事件は、外来生物のため環境省に捜査権があることから、逆に環境省の策謀と考えたアカラットたちは、摂政惨殺のねじまき少女エミコやその工作を指揮したアンダースンを取り押さえるべく、アカラットとの取引用の武力手配を終えたアンダースン宅に押し入ります。しかし、アンダースン宅に身を寄せていたねじまき少女エミコは、危機を察して6階の窓から脱出した後でした。

カニヤは、プラチャ将軍によって、環境省側の手落ちとならないよう、存在してはならない外来生物のねじまき少女エミコの通産省側による隠蔽工作含めた存在事実の確認をすべく走ります。そこで、ねじまき少女エミコが属していた日本の会社ミシモトを訪ね、日本側がその廃棄が不十分であり、謝罪と補償を行うこととなったことから、環境省側(アンダースンも)の濡れ衣は晴れます。

 しかし、既に、アカラット側は、環境省とプラチャ将軍の女王を狙ったクーデターという広報戦略を準備しており、停戦ではなく、環境省建物・市中への戦車や銃器を伴った武力制圧による作戦行動を始めます。白シャツ隊の捨て身の抵抗も空しく、圧倒的な武力差によって、プラチャ将軍たちも亡くなり、カニヤは降伏します。アカラットは機を見て乗じたことで、その野望をとげることとなります。

環境省側のプラチャ将軍との関係の嫌疑のはれたアンダースンはアカラットから解放され、自宅に戻ると、指名手配を逃げ延びたねじまき少女エミコと、ねじまき少女エミコを捕らえて報賞金を得ようとしたホク・セン(白シャツ隊による拘禁を逃れ、しかし、戦火のなかを行ったアンダースンの改良型ゼンマイの設計図は、奪いそこねていました)に出くわします。アンダースンは、クーデターのキッカケでもある、ねじまき少女エミコを引き取る代わりに、市場開放後の企業通訳として雇用することでホク・センと取引をしますが、自らの工場汚染を原因とした疫病により亡くなってしまいます。ねじまき少女エミコはその介抱をするなか、動乱は終結します。

・降伏式を終え、アカラットへの洪水用ポンプ提供の密約を裏で進めていたカーライルのアグリジェン社が、種子バンクのサンプル入手だけは許されます。しかし、恩赦によって環境省に残り同行したカニヤが、その場で殺害を決行、閘門をも破壊し、クルンテープを水没させてしまいます。数千年来の保存種子はアユタヤへ運びこまれ、タイはそこで再興を図ることとなります。このように、カニヤは、天然由来の自然の生物や人間を重んじ、異国からタイの最後の砦を守る姿勢をとることとなりました。

 なお、ホク・センはこの水没ににより、おそらく逃げ遅れて死亡です。アカラットは、水没の責を取り失脚し僧籍に入ります。

・最後に、水没したクルンテープにて、ビルに置き去りになったねじまき少女エミコ(魂もカルマもない)は、同じく生き延びたマッドサイエンティストのギボンズ(ねじまきの神)を、新たなご主人様として出会います。そこで、人間との自然淘汰に向けて、まだ備わっていないねじまきの自己増殖を望み、さらに、混沌とした人造の生物世界が創造されようとするところで、物語は終わります。

(2021.08)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!