キジしろ文庫

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スタンダール「赤と黒」(上)

あらまし

 製材小屋のせがれとして生れ、父や兄から絶えず虐待され、暗い日々を送るジュリヤン・ソレル。彼は華奢な体つきとデリケートな美貌の持主だが、不屈の強靱な意志を内に秘め、町を支配するブルジョアに対する激しい憎悪の念に燃えていた。僧侶になって出世しようという野心を抱いていたジュリヤンは、たまたま町長レーナル家の家庭教師になり、純真な夫人を誘惑してしまう……。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 人間は気高く美しく・純真な心を持った存在なのに、世俗で試されるなかでは、驕りや欲得の心が忍び込み執着(罪)してしまう。なので、人は神に裁かれ、その罰を受け入れて悔い改めなければいけない。

 このように、人間には、心の弱さや愚かさ、存在の空しさやはかなさがつきまとう。だから、わたしたちは心内面の本性に分け入り、ぬくもりある愛情や慈しみ・やさしみある思いやりを感じ取り、周囲に献身的に尽くし(ちょっとした心遣いや手助けなども)、そして慰みや悦びを分かつ幸せに包まれることが大切なのだろうし、救いでもあるのだろう、と思いました。

 なお、本書上巻では、ジュリヤンは、処世によって栄進し、精神的な成長も遂げていく一方で、高潔さの本懐ではない世俗的な利己心満足の追求へと傾いていきました。

 さて、以下は、備忘のための簡単なとりまとめです、参考まで。

(1)本書の主人公であるジュリヤン・ソレルとは、

 美貌と才知に恵まれますが、生まれや育ちは卑しく貧しい境遇です。また、内気で生真面目、身体はひ弱なため、家業の製材業にはそぐわず家族から虐げられます。他方、ジュリヤンは気高く高潔な心をもっていたことから、ナポレオン(財産もなく無名だったのに、剣で世界を征服した)に憧れ、それを膨らんだ野心を果たそうとする処世に代えます。そこで、町で権力のあった司祭を目指し、英雄願望は内に秘めながら、作意的一方的・才知が情感を抑制した行動をとり続け、やがて利己心の満足へと傾いていった青年です。

(2)他方、ジュリヤンとの恋におちたレーナル夫人とは、

 汚れを知らない素朴な美しさや艶やかさがあり、内気で繊細な心を持ち、ちやほやされて育った気位の高い、高潔貞淑な夫人です。16歳で結婚した3人の子持ちですが、恋愛は下品・不品行・本性にもとるといった信心深さや無教養さもありますが、伯母からの莫大な相続が見込まれています。

(3)ジュリヤンは、レーナル夫人の心の美しさや深い思いによって、知性によって抑制されていた感情がほぐされ、愛情が湧き起ります。

・まず、貴族で町長のレーナル氏が、神学校を経て聖職者として出世を目指していたジュリヤンを、子供の家庭教師として雇い入れたことで、ふたりの出会いが始まりました。

・ここで、ジュリヤンは、レーナル宅で接した、お追従の社交とその背景にある搾取といった上流社会の因習や、レーナル夫人の美しさや同情心にも嫌悪や憎悪・反発心を抱きます。

・また、小間使いエリザがジュリヤンに求婚し、それをジュリヤンは断ってしまいます。これを、まず騙すべきシェラン司祭から、聖職不適格と見すかされてしまったことから、厳しく自分を戒めました(ジュリヤンは、権力者に媚びへつらい、貧しい者を苦しめ、道楽に迎合する、そういう振舞いである処世術を望み、節制と地上からの利害からの解脱という聖職者としての心がまえを持っていない、ということ)。

・このような訳で、ジュリヤンにとってのレーナル夫人とは、当初は、簡単に昇給を認めた金持ちのレーナル氏への侮辱や、上流階級の女性をものにすることで社交の手立てとするといった踏み台であり、手段に過ぎませんでした。

・他方、レーナル夫人は、まず、ジュリヤンの貧しさへ同情し、また世俗の欲への無関心などの心の寛さ・気高さ・思いやりと粗野な態度に共鳴しました。次に小間使いエリザへの焼きもちをもしたことで、ジュリヤンへの好意を意識しはじめます。やがて、お洒落とおしゃべりを楽しみ、ジュリヤンから手を握られて幸福感に酔いしれるようになります(ジュリヤンにとっては武勲)。さらに、ジュリヤンが隠し持っていたナポレオンの肖像画を恋人だと思いこんで、激しく嫉妬します。

・ここで、ジュリヤンのさらなる作意のキスによって、レーナル夫人は、貞操の本能と葛藤し、心かき乱される一方で恋に酔いしれてしまいます。なお、ジュリヤンもレーナル夫人の、人の心をうつ美しさや深い思いに惹かれ、いとおしくて美しい快感を覚え始めます。

・しかし、レーナル夫人は、姦通(下劣きわまる乱行と肉体の快楽と思ってます)のそら恐ろしさややましさに苦しみ、不幸感に身悶えます。そこで、レーナル夫人は、操の固さを示したつれない態度をとりますが、ジュリヤンは平民への蔑みと感じ、持ち前の傲慢によってすげなくしたことから、レーナル夫人は、みじめだったり、うろたえたりしてしまいます。

・そこへ、ジュリヤンがヴァルノ氏宅への転職ばなしの揺さぶりを仕掛けたことで、レーナル夫人は、ジュリヤンを失いかねない情熱にかられて、手を握ろうとします。レーナル夫人の恋を確信したジュリヤンは、自分のものにして軽蔑しようと、作意の想いを告げます。レーナル夫人は、激しい心の快楽にのぼせあがりました。そして、深夜に部屋を訪ねたジュリヤンに、レーナル夫人は、憤りと燃えるような情愛そして後悔にからまれて、ふたりは想いの限りをとげました(ジュリヤンの勝利)。

・このようにして、レーナル夫人と深い関係となったジュリヤンは、野心を打ち明けてしまおうかと思うほどの真心を見せるなど、むしろ、本心からレーナル夫人に夢中になってしまい、ふたりは甘い時間を楽しみました(自由主義的考えへの軽蔑、道路用地買収にからむ陰謀や召使の会の目こぼしといった貴族の卑しさ、あさましさも知ります)。

・やがて、レーナル夫人は、高熱を発した三男によって、神への畏怖からそれを姦通への天罰と思い、後悔と自責の念にかられてしまいます。そして、皆に打ち明け、辱めを受けて悔い改めることで、子供のために、また、ジュリヤンへの恋のために犠牲になろうとします。このようなことで、ふたりの身を焼く恋はさらに激しく、気も狂うばかりの陶酔のなか、いよいよ心から愛しあうようになります(三男の病状は回復しました)。

(4)ジュリヤンは、心と心をふれあわせた、唯一最愛のレーナル夫人との決別に、悲嘆・苦悶を体感します。

・そこへ、小間使いエリザによるヴァルノ氏の密告書がレーナル氏に届きます。

・しかし、レーナル夫人は、この夫あて不倫の告発文による発覚を防ぐために、自分あての自作の告発文によって侮辱と怒りを示す演技をします。これにより、ジュリヤンを悪者に仕立てて遠ざけさせるよう、夫を誘導しました。この結果は、不倫の事実を認めることで資産や世評を失いたくないと思う夫は騙され、そして、世間には夫婦不和がないことを示すことにいったんは成功します(ジュリヤンは家を出ることになりますが、度々夫人が訪れるなどします)。

・さらに、ふたりが離れて暮らすなか、やがて、ジュリヤンへ対抗意識の強いヴァルノ氏からの家庭教師の誘いがあったり、町ではレーナル夫人の恋の噂がたちはじめてレーナル氏の耳にも届いたり、シェラン神父へはその密告もありました。このようにして、事態は深刻さを増してきました。

・そこで、町の不倫の醜聞に伴い怒る夫のヴァルノ氏への決闘を止めさせることができるなど、ヴァルノ氏からの誘いを受けてジュリヤンが家庭教師として町に留まるよりも、シェラン神父から言われたように、ジュリヤンがブザンソンの神学校へ行く(町から離れる)ことに、レーナル夫人は覚悟を決め、ふたりは別れることになりました。

(5)神学校でのジュリヤンは、世間の卑劣さ・いやらしさにもまれ、人間性の弱さを露呈し苦悩を味わいます。

・ジュリヤンは、校長のピラール神父の厳しい面談を経て、ブザンソンの神学校に入りました。しかし、そこで、初めて世間を知ります。

・それは、信仰では心からの服従を求めているのに、ジュリヤンのような学績優秀は不信心や個人的解釈・人を疑う悪習とみなされ、あるいは、権威や模範への盲従ではなく、自分で考え自分自身で判断する自由思想家と思われてしまう、ということでした。そして、他の神学生からの軽蔑や嘲笑といったいじめの標的となったり、副校長のカスタネード神父の諜報行為も行われました。

・そこで、ジュリヤンは、苦行と精進を重ねた信仰生活(全てを信じ、全てを忍ぼうとする熱烈で盲目的な信仰心)に励みます。また、他の生徒の語る、媚びへつらいやいざこざの下世話な話しにも我慢し、「違いが憎まれるもと」という観察結果も得て、目立たぬよう・ばかになろうとしました。しかし、無教養が幸いし世俗的考え方を知らない他の生徒とは異なり、どうしても知性が顔に出るなどし、好意はもたれずうまくいかず、憂鬱な日々を送っていました。

・しかし、既にその力を認めていた校長から、聖書の復習教師がジュリヤンに任命されると、周囲は手のひら返しになりました(皆あさましく卑屈です)。

・さて、ジュリヤンは、宗派の違いから校長に恥をかかせて辞めさせようとする、副司教のフリレールによる試験の策略に引っかかり、低評価を受けてしまいます。パリのラ・モール侯爵と親交のあったピラール神父は、このいきさつを告げたことから、ピラール神父にはパリ近郊の司祭をすすめられました。また、ピラール神父が面会した侯爵は秘書を求めていたことから、ジュリヤンが推薦されました。ジュリヤンは、穏やかに暮らしていたレーナル夫人、友人フーケ、シェラン神父に最後のお別れをして、ピラール神父が待つパリへと旅立ちました(ジュリヤンの高潔さが表れたところでもあったと思います)。

 (2022.04)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!