キジしろ文庫

ミステリーや文芸小説、啓発書などの感想やレビュー、エンタメや暮らしの体験と発見をおすすめ・紹介!

ジェイムズ・P・ホーガン「造物主の掟」

あらまし

 およそ百万年の昔、故障を起こした異星の自動工場宇宙船が、土星最大の衛星タイタンに着陸、工場を建設した。ところが、本来は着陸した衛星の資源を加工し、母星に送り出すことになっていたのに、故障のため、ロボットの製造情報に混乱が生じ、各ロボットが独自性をもっての進化し始めたのだ。地球の探査宇宙船が着いたとき、ロボットたちはまるで地球の中世そっくりの社会を造りあげていた。(文庫本裏紙見開きより)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書では、土星の衛星タイタンで進化・発達した有機と無機が逆転した自律型の機械生命を、地球の西側諸国及びその一部の人間が、ソ連を出し抜き、その金属資源や工業技術、そのための労働力を搾取しようとします。このような未開の奴隷狩りに対して、乗船したザンベンドルフたちが阻止するとともに、タイタン自体も、異端裁判など統制の厳しい宗教的世界観から、客観事実に基づく論理やその検証などの合理的世界観に変革されるというものでした。

 これより、以下のように思いました。

(1)騙しや欺き・強迫や暴力を使って干渉するなど、他者の自由を阻むことよって得られる利益に対する、不当な富や地位・権力の利己的な行使は、取り除かれなければならない(生産過剰に伴う需要喚起のための大衆情報操作や愚民化による特権層の利権確保)。

(2)このように、幸福量一定の原則などのゼロサムゲームに安易に向かいやすいことから、ネットやスマホVR、AI、再生医療など創造分野や新技術の発達・開拓によって、尽きない欲求を満足させなければいけない。

(3)他方、生死を循環させ進化させる自然のリサイクルの一部であることを忘れさせる、意欲を煽ってくれる一場面(お山の大将ごっこ、縄張り争い)を束の間、見せて頂いた、とも感じました。

 さて、以下は簡単な、ポイントを絞ったとりまとめです、参考まで。

①ザンベンドルがオリオン号に乗船した理由や目的は何でしょうか?  

 西側諸国の一部の人たちが、一般開放へのイメージづくりなど、政治的発言力や資金集め、民衆支持のための広告塔としてのザンベンドルフのいかさまショーの企画・出演(NASO側では、インチキ暴露による縁を切ろうとする狙いもあった)とタイタン探査を偽装するためでした。このような宇宙植民のための火星実験基地派遣からタイタン探査へ変更となったことで、この理由は自動消滅しました。

 ただし、その後、タイタンの機械人との一方的な取引が難航してきたことから、ザンベンドルフの起こす奇蹟によって、傀儡の聖職者機械人を祀りあげるという取引をすることで、交渉を進める手段として利用しようとしました。

 なお、地球の自国民から見た原住民の非人間化(知性をもたない機械人)といった歪曲情報による植民地化策にも、ザンベンドルフの知らないところで利用されていました。

 しかし、既に機械人との接触を通じて、心を通じ合わせ信頼関係をもち、探求心や向学心に溢れた機械人を農奴化する計画に、ザンベンドルフが拒否をし、一旦交渉は頓挫します。

②では、地球側は交渉を諦めたのでしょうか?

 いいえ。タイタン内の国家間の戦乱に向けた武器の供与によって、その使用も始まるなど、抜け出せない依存関係を作りあげるという状況になってきました(いわゆる死の商人)。

③では、なぜ、ザンベンドルフたちは阻止できたのでしょうか?   

 ザンベンドルフたちは、このような状況を機械人に直接会って知らせ、理解を得ます。その際に、偶然出会った信仰厚い機械人に、十分でない翻訳機を通じて、フツーに話をします。

 その時の何げない3つの言葉が、天使による造物主の新たな啓示という超常体験となり、さらにその機械人が語り手となったことで、機械人たちに改宗・革命が始まり伝播されたことから、タイタンの独立は守られました(タイタン・地球側での追放や解任)。

 ただし、冒涜者・異端者とされた語り手の公開処刑に際して、救済という奇蹟のザンベンドルフによる演出があったわけですが。

P386

 一、汝殺すなかれ

 二、汝と汝の隣人は等しき者なり。隣人を助けよ。されば隣人は汝を助けん

 三、惑わす言葉に心せよ。汝の言葉を真実に従わせしめよ。真実は言葉に従わざればなり   

④その他

P377 指導者と大衆の関係から自由について述べ、さらに上記改宗・革命のしくみについて述べられています。

「なぜなら、タロイドが人間とあまりにもよく似ているからさー信じたいものを信じ、信じたくないものには目をつぶる。こうあるべきだと考えるとおりの世界を信じていなければならない―そうでない世界に直面するのは不快でいたたまれないからだ。だから彼らは、自分を欺いて、気分の休まるほうを信じ続けるんだ」

 プライスは、ふと眉をひそめた。「そのへんのつながりが、よくわからないな」

「人々が何の疑問も抱かずつき従い命令に服従する指導者たちのことを、ちょっと頭に浮かべてみたまえ。全部とは言えまいが、ほとんどの場合、彼らがその地位にいるのは、特別な才能とか能力のためなんかじゃない―実際の言動を見ても、大部分は特に明晰な頭脳を持っているわけでもない。多くの場合、彼らに共通する唯一の特殊性と言えるのは、その異常なだまされやすさ、ないしはなみはずれた自己欺瞞の才能だ。だが大衆にはそれが見えない。追随者の心にある指導者のイメージは、まったくちがったものだ。追随者がつき従う相手とは、彼らが空想の中でつくりあげた幻影で、それはその役割を演じきれる相手なら誰にでも投射できる。指導者にとって重要なのは、立ち上がって、自分はその資格を持っているのだと宣言できる厚かましさだけなのだ。大衆がそれを信じるのは、それを必要としているからだ」

「大衆は自分たちが有能な手の中にゆだねられていると信じたいわけですね」プライスが要点を衝いた。「事実は重要じゃない。大事なのは確信だ」その口調は、まるでこの意見を聞かされるのがはじめてでないかのようだった。

「まあ、確信の持てる幻影といったところかな」ザンベンドルフはうなずいて、「それさえあれば、身のほどを知って言われるとおりに行動する人々にとって、人生は極めて安楽かつ単純なものになるだろう。つまり、権威ある人物は、単に安心感を与えるために必要なんだ。それがないと、大衆は路頭に迷うー前途の希望もなく、よりどころを失った心は傷つく。自由を口にはするが、本物の自由のことを考えると恐れおののく。連中の手には負えないからだ・・・彼らみずからその扱いかたを学ばないかぎりはね」(中略)

「じゃ、どうすればいいんです?」(中略)

「まず第一になすべきは、あるがままの現実を受け入れることだ」ゆっくりした口調で、「それに、無知と迷信のもたらす信念にこりかたまった大衆を、一夜にして理性的で客観的な思考の持ち主に変えることはできないという事実もね。そんな試みは時間の無駄ってもんだ。そういう概念が、彼らにはないんだから。彼らが腐敗した指導者を追放する唯一の道は、彼らがその言葉に耳をかすのをやめることーそれも、きみやわたしが教えこむスローガンによってではなく、彼らが自分で考えつき理解した理由によってでなくてはならない。きみがさっき言ったとおりだー答えは教育だよ。しかし、不幸にして、水を加えれば出来上がるようなインスタント教育なんてものはないんだ」

 プライスはしばらく考えこんだが、やがて、「ふうん、どうせ彼らに理性が望めないとしたら、たぶんいちばんいいのは、当座の間に合わせに、何か無害な代用品を与えてやることでしょうね」

P120 大衆を操る、権力者たちの上から目線のムカつく部分です。

「それは高貴な感傷ですな、マッシーさん。しかし、そもそも民衆が条件付けされやすい存在だからといって、誰を責められるだろうかね?」

「みずからのために考え、みずからの判断を信じ、みずからの能力に頼ることを民衆に教えなかった社会を」とマッシー。

「でも、民衆の多くはそんなことを望んでいませんわ」と、シルヴィア・フェアトンは言いはった。「みんな自分より賢くて強い誰かが、あらゆる答えを知り、面倒を見てくれるものと思いこんでいるー神でも、政府でも、教祖でも、魔法使いでも・・・何でもいいのよ。彼らがみずからそれを変えようとすれば、そのときには、彼らも変わるでしょう。それまでは、世界を今あるがままに受けいれて、できるだけ機会を利用していく他に方法はないでしょう」

「機会を、どんなふうに?」とマッシー。「よりよい生活を望むことなど、高尚な何かの追求というもっと大切なことの前では、些細な気晴らしにすぎないと愚かな大衆に思いこませ、ただ信じてしっかり働きさえすれば、いずれはー来世か、別の次元か、何でもいいがーで報われるという迷信に追い込む方に?わたしにそうしろと言われる?」

「ほかに何をしてやれる義務があるというのかね?」バールが問い返した。

 (2021.07)

CM 

 最後までおつきあい頂きましてありがとうございました。

では、また!