キジしろ文庫

ミステリーや文芸小説、啓発書などの感想やレビュー、エンタメや暮らしの体験と発見をおすすめ・紹介!

アーシュラ・K・ル・グィン「所有せざる人々」

あらまし

 恒星タウ・セティをめぐる二重惑星アナレスとウラス―ウラスが長い歴史を誇り、生命にあふれた豊かな世界なら、アナレスは二世紀たらず前に植民されたばかりの荒涼とした惑星である。オドー主義者と称する政治亡命者たちがウラスを離れ、アナレスを切り開いたのだ。そしていま、ひとりの男がアナレスからウラスへと旅立とうとしていた。大いなる目的をうちに秘めて・・・ ヒューゴー/ネビュラ両賞受賞の栄誉に輝く傑作長篇。(文庫本裏表紙より)

 よみおえて、おもうこと

 雑感・私見レビュー:★★★星3 

《以下、ネタバレを含みます。ご注意ください。》

 本書は、まず背景として、170年前に政治亡命し移住したオドー主義者たちのアナレスと、母星ウラスとは、相互に侮蔑・憎悪・危険視し、資源と製品の貨物取引のみを行う交流を途絶した関係があります。そして、このようななか、瞬間移動を可能とする同時性理論を研究する時間物理学者のウラスのシェヴェックが、その成果を利用しようとする両星の腐敗してしまった官僚的権力構造によって翻弄されます。

 研究は、妻や友人たちの助力によって向かった先のアナリスで完成をさせますが、参加した暴動への武力鎮圧に巻き込まれてしまいます。このため異星人のサラ・ハイン人のもとに駆け込むことで、公益となるようその公表をし、ウラスへの帰還を果たすものです。

 

(1)様々な読み方ができると思うので、列挙してみました。

・資本主義・共産主義無政府主義といった政治思想・イデオロギーの功罪や是非、その今後

・このための、執着のない個人の自由意思の尊重と絶えざる(社会)革新の必要。あるいは、欠乏欲求の否定と成長欲求の追求

・原因のひとつとして、所有に伴う囚われとしての束縛の浸透、他への干渉といった転換の考えの定着・一般化(貧富や性などの差別や格差といった優越の問題、支配欲に基づく権力構造などの正当化)があるものの、その排除は困難

 

 (2)一考察

①本書後半では、道具や機械化や電子化など科学技術の進歩による個人の力の拡大とともに自他の間の線引きが際立つことで、ウラスでの資本主義・社会主義などの所有に伴う功罪が論じられます(アナレスでは所有主義者と呼ぶ)。

P126 引用

・利益という名の誘惑と衝動は、本来の労働意欲の代替としては、(中略)ずっと効果的であることは明白だった。

P193 引用

・貪欲と怠惰と嫉妬羨望が人間のあらゆる行動を左右すると考えられている資本主義者たち(後略)

P214 引用

・物を所有したいという欲望は、本来自然かつ美的な発想であるのに、それが経済的な競争心によって覆い隠され、歪められ、ひいては所有物の値打ちをひけらかす結果になってしまう。結局、彼らがしていることは、一種の機械的浪費にほかならないことになるのだ。

P502 引用

・ここには、国家とその武器、富者とその欺瞞、貧者とその苦しみ以外になにもないからです。ウラスには、曇りない心で正しく行動するすべがありません。何をするにも利益が絡み、損失を惧れる心や権力に対する野望がはいりこんできます。どっちが相手より”優位”にあるかを知らないで、あるいはそれを証明しようとしないでは、おはようもいえません。他の人々に対して兄弟のように振舞うこともできません。相手をあやつるか、命令するか、従うか、だますかしなくてはならないのです。こっちから他人に触れることは不可能なのに、他人はこっちを好きにさせておいてはくれない。自由がないのです。

P503 引用

・わたしとて、ここが悪に充ちみちていることは知っています。人間の不正、強欲、愚かさ、浪費。しかしそれと同時に、善と美と活力と業績が横溢しているのです。これこそ世界のあるべき姿ですよ!ここは生きいきしていますー恐ろしいほどに。諸悪が存在する一方で、希望に脈打っている。そうではありませんか?

②他方、そこそこ成功しているアナレスのオドー主義(共産・アナーキズム)について、キーワード的に拾ってみました。オドー主義という理念やその慣習のみが存在する社会のため、とても馴染めません。

「連帯・共有・相互扶助によって自由と孤独といった苦難や苦痛を分かち合う」「兄弟愛・同胞愛」「反省会」「法規制、行政機関などのない共同体」「一夫一婦制の配偶者関係(婚姻ルールはない)」「配給制の共同食堂」「割当制の共同住宅」「労働配分局による仕事の割当や勤労奉仕」「ビジネスは存在しない」「余剰は老廃物である」

③このふたつの中で共通することは、シェヴェックの研究及びその活用が、現体制下での既得権益者の拒絶や悪用といった、周囲を含めた安住(怖れ)のためのエゴへの盲従にさらされかねないものということでした。

・アナレスでの、ウラス教授による名声や地位を守るための、シェヴェックの研究成果に対しての横取りや不当な労働配分(クビや飼い馴らし)処置

・ウラルでの、ア=イオ国の独占取引を目論んだシェヴェックへの囲い込み

④しかしながら、このようなそこそこだったり、所有に伴う弊害をひき起こしてしまうといった社会の在り方は、ここでは、従来型の原因論から無政府主義だったり、その将来の〇〇主義といったものを導き出すのではく、同時性理論の確立といった創造・飛躍によることで、むしろ変わらざるを得ない段階に到達することを述べているのかな、と思いました。

 ・その同時性理論とは、支障なく他との自由な係わりを可能とすることから始まり、その高い流動性によってハード・ソフト含めた事物に固縛されない一元化といったあらゆる分野に多大な影響をもたらすもの(例えば、線引きの抹消)、と勝手ながら推測しました。なお、瞬間移動と併せ持つべき時間理論は、理解不能でした(読書・夢を見るといった決定論でもあり、連続性でもある、過去現在未来が存在?となる循環の場?など述べられております。何らかの必要性は思うのですが。)。

 

(3)参考:マズローの5段階欲求
①食欲・性欲などの生理的欲求、②健康・仕事・財産(金銭)などの安全欲求
③友情・家族・帰属などの社会的欲求、④尊敬などの承認欲求、⑤創造性などの自己実現欲求
分類(1)物質的欲求①②、精神的欲求③④⑤
分類(2)低次の欲求(外的に満たされたい)①②③、高次の欲求④⑤(内的に満たされたい)
分類(3)欠乏欲求①②③④、成長欲求⑤

(2020.11)

では、また!